C432話 のバックアップ(No.1)
「じゃぁユウヒ、よろしくね」
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姉貴はメシを食ってた時のだらけ具合はなりを潜め、いつもの制服を着て外に出て行った。
……単に店舗前の清掃なだけなんだがな。
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「そこまでキッチリした格好じゃなくても良くねえか?」
「何言ってるのユウヒ。ハニー達が、どこかから私達の仕事ぶりを見ているかも知れないんだよ?」
「でも今日は店休日だろ」
「ユウヒは私がしっかり仕事していたらどう思う?」
「いや……仕事してるな、としか思わねえけど」
「そう……ユウヒはまだまだハニー達の気持ちがわからないんだね」
「悪いかよ」
「ユウヒなりに違う答えが見つかるといいね」
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もう何年前だったか……ああやって、姉貴が外に立つ度に思い出す会話だ。
未だに俺には姉貴の言っている事が理解出来ねえが、まあ問題はねえだろ。
姉貴は姉貴の得意分野で仕事すりゃいいし、俺も俺でそうしていけばいいだけだ。
……いや、だからって姉貴の部屋を掃除するのが俺の仕事になるのは納得いかねえけど。
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「さて……とりあえず、少し休憩してからにするか……っと」
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椅子に座りながら窓の外を覗き込み、姉貴がこちら側を見ていないのを確認する。
キッチンの床下収納から、普段使用している物と同じシェイカーやグラスを取り出し、カウンターに並べる。
ボトルは落として割れるような事もそうそう無いので、棚からそのままカウンターへ。
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「……よし、通し練習するか」
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もう一度姉貴が店内側を覗いていないのを確認してからこっそり仕事服へ着替えに俺の部屋へ向かう。
素早く着替え終えて店舗に戻り、ボトルを右手で上に投げ、左手背面でキャッチする。
右手へと軽く投げ返したボトルを軽く投げて向きを持ち替え、左手ではボディにスナップを効かせつつ放り投げる。
ターンしつつキャッチし、ボトルを縦に数回回した後ボディへと注ぎ、カウンターにボディを置く。
冷蔵庫から氷を取り出してボディへと突っ込み、氷用のスコップをしまいつつオレンジジュースとレモンジュースを取り出す。
同時にボディへ容量差に気をつけつつ注ぎ込んだ後、ビターズを強く二回振りかけてストレーナー、トップと蓋をしてシェーク。
トップを外してグラスに注ぎ、フロリダの完成だ。
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「……よっしゃ、通しで全部成功した!」
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と喜びの声が思わず出る。
俺を褒めるかのように拍手がとび、おかしいな、と思いつつも視線をグラスから上げると
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「すごい!カッコいいです!!!」
「素晴らしかったよ」
「営業中もやればいいのに。きっとハニー達喜ぶよ?」
「うううぇ……ああ!?」
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満足気だった笑みが変なニヤつきに変わり、顔もみるみると赤くなるのを感じる。
あまりの恥ずかしさに、カウンターに両手を置いてしゃがみこむ。
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「み、みみみ見るんなら先に言えよ!」
「入ってきたのに全然気がつかなかったのはユウヒだよ」
「……ッこ、声かけるとか、なんかこう……あんだろ!?」
「ユウヒが楽しそうなのを邪魔したくなくて……」
「あああああそれっぽい事言って誤魔化してんじゃねえ!」
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完全に逆ギレなのはわかってはいるが止められない。
誰だって練習中にやっと成功した!とドヤ顔決めてる所を覗かれていたらこうなるはずだ。多分。
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「ところで、これ飲んでいいのかい?」
「え?あ、いいけどよ……」
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予想外の質問に気が抜け、ゆるゆるとカウンターを支えにしながら立ち上がる。
カウンターでグラスを手に持ったのは、帽子を目深く被った長身細身の男だった。
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「……いや、お前誰だよ」
「僕?僕はキッパーを愛してるマッダー」
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なんだこいつ、頭おかしいんじゃねえか?
そう思っていたら姉貴の隣にいた……確かアキさんにくっついてた学生だったか?も声を上げてくる。
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「な、ならおれだって!アキさんをあ、愛してるシュウですけど!」
「私はこの店、カフェバーC4とハニー達を愛するアサヒだよ」
「俺はこの店のユウヒ……な、なんだよその目は」
「君さ、空気ってものが読めないのかい?」
「そんなノリに付き合うかよ……ってか、姉貴も何で人入れてんだよ。今日は休みだろ」
「ユウヒが練習始めた時くらいかな、この二人が通りがかってきて」