C433話
freeze
「は……なるほどな。最初から見てたって、事か……マジか……」
br
簡潔にまとめると、俺の練習風景を窓越しに覗かせたら、食い付きが良かったので店内に入れたらしい。
とりあえず、次から絶対にカーテンを締め切ってから練習する事を決意した。
br
「そ、それで!」
「……なんだよ?」
br
別にシュウが悪い訳ではないが、つい対応が不躾になる。
br
「おれ、アキさんにカッコいいとこ見せますよ!って言っちゃったんですよ」
「ついでに僕もキッパーにいい所見せたいなぁ、きっと抱きついて喜んでくれると思うんだ」
「ああそうか、頑張れよ」
「そうじゃなくて!おれもバーテンダーとかカッコいいからやってみたいな、って思うんですよ!」
「俺の練習風景を見てそう思ったんなら諦めるんだな。それなりに時間掛けてるんだから」
「別にあんなすごい奴じゃなくていいからさ、僕もやってみたいなぁ」
「なら他所でセミナーでも受ければいいだろ」
br
練習に使ったシェイカーや、空になったグラスを手で洗いながら適当に返事する。
なんで俺がそんな事しなきゃいけねえんだよ。
br
「……君、営業中と随分態度違うよね」
「当然だろ……って、前に来店してきた事なんかあったのか?」
「ほら、ハロウィンイベントの時に」
「あー?……いやー、ちょっと覚えてねえな」
「ひどいなぁ、キッパーの事くらい覚えてよ」
br
なんとか思い出そうとはするが、あの日は忙しい時間はキッチンにいたし、そもそも覚えようとして覚えられる客数でもない。
そりゃ姉貴は覚えられるのかも知れねえけど、少なくとも俺には無理だ。
br
「……ふたりとも、ちょっと来てもらえる?」
br
姉貴が二人を呼んで、何か話しているがこちらは水の音もあってよく聞こえない。
どうせ俺に聞かれて困るような会話なんだろうから、問題はねえと思うけど。
グラスに指紋をつけないように気を付けつつ拭きあげていると、やけにキラキラとした顔をして二人が戻ってきた。
br
「ユウヒさん……やっぱり、さっきのくるくる回すやつ、めっちゃカッコよかったです!」
「うんうん、思わず憧れちゃったよねぇ」
「な、なんだよ急に」
br
ここまであからさまな上手ごかしもそうそう無いレベルで雑だ。
そうだとはわかっちゃいるが……まあ、褒められて悪い気はしないよな。
br
「そもそもバーテンダーとしての技術があってのパフォーマンスな訳だし、実際頂いたカクテルも美味しかったよ」
「アキさんが料理もとっても美味しかったって言ってましたし!」
「お、おお……」
br
しばらくこの調子で誉め殺しが続く。
普段は、姉貴のオマケとばかりについでで褒められる事が非常に多い。
つまり、俺だけが褒められる機会は少ない。
だからなんだろうな。
妙に浮ついた気持ちになっちまったのは。
br
「たしかに、おれ達みたいにカッコいい!ってだけで教えてほしいって失礼でしたね、すみません!」
「気軽にやってみたいとか言ったのは失礼だったよね、ごめんね」
「いや、別に謝って欲しかった訳では……」
br
しかも、そんなに自分を褒めてきた相手が謝ってきたら、多少は情をかけたくなるもんで。
br
「それに、フレアは無理だとしても多少練習すりゃ誰でもできると思うけどな」
「でも僕たちって素人じゃない?何の教えもなしに練習したって難しいと思うんだよね……」
「ま、まあ?少しくらいなら?教えてやっても……」
「本当かい!?君みたいな素晴らしいバーテンダーに教えてもらえるなんて嬉しいなぁ!」
「ありがとうございますユウヒさん!」
「いやあ、それ程でもないけどな!」
br
二人に大袈裟に感謝されて大分得意気になっていると、姉貴が背後から肩に手を置いて声をかけてきた。
br
「ユウヒ、がんばってね」
br
姉貴の笑顔で、完全にのせられたと気がついた。