C438話
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「はぁ……キッパー、来ないなぁ……」
「ハニーにも事情があって遅れているのかも知れないね」
「キッパー、来てくれると思ったのに……ダメだったのかな……」
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テーブルに突っ伏しながら、自分の髪をくるくると指で弄る姿には哀愁が漂う……待てよ、今こいつなんて言った?
違和感を質問として、相手にぶつける。
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「来てくれる約束?をした訳じゃねえのか?」
「え?約束なんかしてくれる訳ないじゃないか」
「ならどうやって……」
「色々方法はあるんだけど……って、来た!」
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真田が立ち上がり店舗出入り口のドアへと向かっていき、姉貴もそれに合わせて立ち上がる。
……なんか、今慌てて立ち上がった拍子にあいつの帽子の隙間から赤い物が見えたけど気のせいだよな……怪我じゃねえならいいが。
変な事に気を取られていると、壊れるんじゃねえかと本気で心配する勢いで乱暴にドアが開く。
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「カフェバーC4へ……」
「おい貴様!一体何が有った!」
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あまりの顔色の悪さと、そこからは想像も出来ねえ苛烈さ。
姉貴の声すらもかき消す怒号と共に飛び込んできたこの女がキッパー……あだ名かなんかか?まあ、こいつなんだろう。
一度視線で見回した後、真田を見つけると真っ直ぐに向かって怒鳴りつけていく。
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「貴様、一体何を理由に呼びつけたのか理解しているのか!?」
「キッパー来てくれたんだ!嬉しいなぁ」
「貴様が妙な形で呼びつけたと言え!」
「別に僕がどんな悪者だとしても、キッパーが来てくれたんだから僕はそれで構わないよ」
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側から見ている俺はかなりの恐怖を感じるレベルで怒鳴りつけているが、真田はどこ吹く風だ。
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「さ、キッパーこっちに座って座って!見せたい物があるんだ」
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強靭な肝っ玉なのか、単に慣れてるだけなのかはわからねえが。
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「……碌でも無い事ならば容赦はせんぞ」
「大丈夫大丈夫!キッパーが僕にメロメロになるだけだから」
「そうか」
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素っ気なく返事して踵を返し、帰ろうとするキッパーを真田が文字通り体に縋って引き止めようとする。
体格の差を無視してズルズルと引き摺られている様はひどいとしか言いようがねえ。
いくら楽しみに待っていたとはいえ、そこまでするか普通?
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「ごめんキッパー帰らないで!まって、せめて見てから!キッパー、見てから、ね!?」
「……何故私が貴様の行動を見てから判断をせねばならない?」
「そしたらあわてんぼうのキッパーになっちゃうからだよ。ね、座るだけだから、座るだけで良いから」
「……」
「お願いだよキッパー、僕の一生のお願い」
「……貴様から何度その言葉を聞いた事か」
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長考した結果、カウンターに座る事にしたらしい。
長い溜息を吐いた後、カウンターに座って腕も足も組んでいる姿は妙に威圧感がある。
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「じゃーん!今日はキッパーのためにバーテンディングを練習したんだ」
「貴様が行動した動機を私に押し付けるな」
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……俺相手の客じゃなくて本当に良かった。
こんな手厳しい奴、絶対に相手したくねえ手合いだ。
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「キッパー、ちゃんと見ててね!」
「……」
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確か、ハンター・カクテルが先だったはずだ。
用意する道具はシェイカーではなくミキシンググラスとストレーナー、バースプーン。
甘口に寄らせると言うから、度数が上がると注意した上でチェリーブランデーが多めのレシピを教えてある。
ステアの動きには割と余裕を感じるが、一方でカウンター越しの冷めた鋭い表情からは、真田が期待していたような感情は見受けられない。
これ、フォローすんのは全部姉貴に任せちまっていいよな?
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「こちら、スナックのチョコレートラスクです」
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後は俺はだんまりをきめる為にも、フードを先に提供しておく。
買ってきたラスクにビターチョコペーストを薄く乗せ、砕いたピスタチオを振りかけた簡素な物だ。
普段ならラスクくらいは焼いて作るが、今日の今日じゃ時間的に不可能だった。
……こんなに遅かったならラスクも作れたのが悔やまれる。主に経費的な意味で。
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「はいキッパー、ハンター・カクテルだよ」
「……戴こう」
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出されたグラスを軽く揺らした後一口含んで、なおもその表情は変わらない。
相当喉が焼かれるはずなんだが……俺だったら咳込むかも知れねえ。
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「ねぇ美味しい?格好良かった?もう一杯見て欲しいんだけど」
「貴様は黙る事が出来ないのか?」
「うん!」
「……そうか」
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眉間の皺が寄っていく顔を見て、裏方に徹する決意をより強固にした。