C436話

Last-modified: Mon, 27 Jun 2022 23:13:46 JST (691d)
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買い出ししている間に、姉貴はテーブルやら何やらの細かい準備を終わらせていた。

俺が一人で全ての準備をしていたら間に合わないと踏んだんだろう。

普段からやってくれ、と思いはするがとりあえず今は有難い。

間に合わせようと必死で仕込みを終えると、扉が開く音がする。

 

「カフェバーC4へようこそ❤️」

「カフェバーC4へようこそ」

「こ、こんにちは?こんばんは?何だかよくわからなかったんですけど、シュウが迷惑かけちゃったみたいで……」

「いやあ、そんな事ないですよ」

「そうそう、なにより、大切なハニーのためだからね❤️」

 

実際は迷惑かけられまくっているが、そんな事はおくびにも出さずに返答する。

姉貴の前でそんな事言った日にはどうなるか考えたら言えるかよ。

……そういや何で黙ってるんだ?とシュウを見ると、何故か棒立ちになっていた。

 

「……シュウ、大丈夫?」

「ぁ……アア、アアアアキさん!本日は今日もよく来て下さって」

「落ち着いて」

 

そこまで緊張するなら失敗するだろうな。

シェイカーとかは俺の練習用だから、落とされても……まあ、多少は嫌だが、グラスやボトルに比べたらマシだ。

と言うか割れ物は勘弁して欲しい。

 

「……あ、僕ちょっと外に出てるね」

 

そう告げて携帯をいじりながら店を出る真田。

窓からちら、と覗くと電話している姿が見えたが、もう片方の手で親指を上げているのでしばらく外にいる積もりなんだろう。

その気遣いに免じて、一杯だけなら奢ってやってもいいかも知れねえな。

 

「えっと、それでハニーはどこまで電話で聞いているのかな?」

「シュウが何かを見せてくれる、って事ぐらいしか……」

「マジかお前」

「いやいやいやだってアキさんですよ!?アキさんが相手なんですよ!?」

「意味わかんねえよ、とりあえずこっち来い」

 

カウンターの中へとシュウを呼びこみながら、ツナ、ジャガイモ、そしてアキさんの好物のコーンを乗せたピザを焼き始める。

どうせ緊張してもたつくだろうから、この位の時間から焼き始めても間に合うだろう。

カウンター側からは見えない位置で、器具と材料をを入れる順番通りに置いてやる。

 

「こ、この度は!アキさんのために一杯作らせていただきます!」

「……え?シュウ、そんな事できたの?」

「練習しました!ユウヒさんが教えてくれて!」

「そうなんですか!?本っ当にご迷惑を……!」

「ハニー、気にしないで。ユウヒも楽しんでたし」

「まあ、珍しい経験をさせてもらいましたよ」

 

どんなに事実であろうと、姉貴に言われると嫌に腹が立つ。

適当に笑顔で濁し、オーブンを見る振りをしてカウンターに背中を向けながら苦虫をを噛み潰したような顔を……ガラス越しに姉貴と目が合う。

まずい、全く目が笑ってねえ。

 

「お、おいシュウ。そろそろ作り始めないとピザが焼けちまうぞ」

 

動揺が誤魔化しきれてない自覚はあるが、ピザが焼けるのも事実なのでそれで焦っているようにも見えるだろう。

 

「せ、精いっぱい作らせていただきます!」

 

幸いにもシンデレラは全て等量のレシピだ。

ガチガチに緊張しているが、まあ何とかなるだろう。

右手と右足が同時に出ながら、シェイカーのボディに氷を入れにいく。

戻ってくる時も同時に出てくるままの姿に笑いそうになるが、腰に手を当てる振りをして握りしめて痛みで笑いを抑える。

そのまま手が震えながら計量する姿は、あまりにも格好良いとは言える姿ではねえな。

だが、眼差しは真剣そのもので茶化すなんて出来るはずもない。

俺にも、こんな風にしてた時期があった事を思い出す。

 

「よし、これで蓋を閉めて……」

 

確実にストレーナー、トップと閉めてシェイクを始めるシュウの背後でオーブンからピザを出す。

普段と違い、あえてカットは小さめに切り分けておく。

 

「こ、こちら……えっと、何だったっけ……ユ、ユウヒさん!」

「こちら、シンデレラで御座います」

 

最後の最後で名前を忘れるのも、まあご愛嬌って事でいいだろ。

今日一日の付け焼き刃でここまで出来るようになった事の方を俺としては評価したい。

 

「いただき、ます」

 

アキさんが飲む姿を見て、俺とシュウで息を飲む……これで不味かったら俺の責任だ。

 

「……おいしい」

「やったー!!」

「やったな!……ンンッ!……こちら、フードのポテトとツナ、コーンのピザです」

 

思わずシュウとハイタッチしてから恥ずかしさがこみあげる。

フードを思い出し、まるでハイタッチは無かった事のようにしてしれっと提供する。

 

「あっコーン!……うん、ピザが甘い分スッキリしてて合いますね!」

「ハニー、お口に合って何よりだよ」

 

やった、やったと未だ飛び跳ねる勢いで喜ぶシュウの笑顔を見るに、緊張も解けたようだ。

 

「よし、そろそろもう一杯いくか」

「はい!アキさん、おれもっと頑張りますね!」

 

新しいシェイカーを手渡すと、今度はスムーズに氷を入れ、計量をこなしていく。

シェイク自体も変な力みが取れて、先程よりもずっと自然だ。

その間にメモでレッド・プッシー・キャットと書いてシンクの壁に貼りつけて指で二回叩く。

 

「こちら、レッド・プッシー・キャットです!」

「レッド……?」

「アキさんみたいな色が良いと思って、おれが考えました!」

 

俺だよ。

……つい指摘しそうになるが、それも野暮ってもんだな。

沈黙は金とも言うし、黙っておいてやるか。