C427話

Last-modified: Wed, 22 Jun 2022 22:00:13 JST (696d)
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ランチタイムが始まって一時間と少し。

普段なら満席どころか行列が出来ている時間だと言うのに、客は一人も席にいない。

客の代わりに座っているのは、俺と姉貴の二人だけだった。

 

「暇だな……」

「まぁ……この天気だからね」

 

二人で窓の外を眺める。

今日は生憎の雨……と言うようなレベルではない。

風こそ無いものの、バケツをひっくり返したような雨の音は店内からでもよく聞こえてくる。

別に台風とかではないので店を開けてはいるが、この土砂降りの中来店する奇特な客なんてろくにいやしない。

数人そんな奇特な奴らもいたが、そいつらももう帰ってしまった。

最早、開けているだけ無駄な時間だろう。

 

「姉貴、もうこれ閉めちまった方がいいんじゃねえか?」

「……もしこんな雨の中、ハニー達がお店にせっかく来たのに閉まっていたらガッカリすると思うんだけど」

「本日悪天候のため、とかでも書いておきゃいいじゃねえか」

「ユウヒ」

「……わかったよ」

 

いつもは忙し過ぎて仕事するのが嫌になるが、これだけ暇だとそれはそれで不安に駆られる。

こんな日が毎日続くなんて思っている訳では無いが、続かない保証も無い。

こうやって閑古鳥が鳴くような日々をつい想像してしまい、不安と顔を帽子で隠す。

……なんだか雨に引っ張られてなのか、陰鬱な気分になっている気がする。

 

「ハニー達、濡れてないといいんだけど……」

「この天気で濡れてなかったらそっちの方がやべえだろ」

「……そうかもね」

 

姉貴が俺に気を使ってか会話を振ってくるが、しょうもない話題しか出てこなかったようだ……そのくらい、この雨の量は力強い。

うだうだとしてる間に時間が進む。

もう一度、姉貴にランチタイム営業を早仕舞いしよう。

そう考えていたら、突然ドアが開き、盛大な雨の音が店内に響く。

 

「いらっしゃいませ、カフェバーC4へ……ユウヒ!タオル!」

「タオル?何言ってんだ姉貴……ちょ、ちょっと待ってろ!今持ってくる!」

 

出迎えに行った姉貴がいきなり呼びつけるから何かと思って覗く。

壊れた傘を持った二人組……ナツさんとカっちゃんさんだった。

慌ててタオルを何枚か用意する。

風邪をひかれるのも気分が悪いし、床を必要以上に汚されるのも嫌だ。

 

「持ってきた!」

「とりあえずこれで足りるかな?足りなかったら遠慮なく言ってね」

「お店あいてて、助かった……」

「いやー、まさかあんな事になるとは!」

 

なんでも、この雨の中で写真撮影するために散歩していたら、突風が吹いて傘が壊れ。

慌てて雨宿りがてら入ったのが、ここだったらしい。

 

「カメラ、大丈夫かな……」

「防水とは言えアレだけ降られるとな……あ、タオルありがとな!」

 

感謝の言葉と共に、タオルが丁寧に畳まれて返される。

どうせ洗濯するんだから、適当で良かったんだがな……。

 

「ナツ、さすがに雨宿りするだけもなんだし、何か食べていくか」

「うん、そうだね」

 

時計を見るとラストオーダー三十分前だ。

姉貴が案内している間にタオルを片付け、更にその隙にクローズにかけ替えておいた。

 

 

普段なら店内の客の声は喧騒にしか聞こえないが、こうも客がいないと姉貴との会話もよく聞こえる。

特に、カウンターでの接客なら尚の事だ。

こんだけ空席あるんだからテーブルでいいだろ……。

 

「冷えたし、何か温かい物がいいな……」

「今日のオススメは気まぐれパスタかな」

 

気まぐれと言っても、大抵トマトソースでまとめたパスタだがな。

しかし、今日みたいに客が少ない日は普段のパスタよりも具材が豪華になりがちだ。

現にランチで使わなかったイカリング用のイカが余っている。

確かナツさんは比較的ツナサンドが好きだと以前姉貴が言っていたな……ついでだからツナも入れておこう。

 

「サラダがついて健康的だし、スープもセットだから温まると思うな❤️」

「なら、そうしようかな……」

 

いや、サラダにツナを盛り付ける方が良いのか?

パスタとサラダに両方ってのは、原価の問題よりも好物だから入れました。という安直な感じがして俺個人として入れたくない。

どちらに入れるか悩むところだな……。

 

「カっちゃんはどうするの?」

「うーん……」

 

割と即決に近いナツさんと違い、カっちゃんさんは腕を組んで眉間に皺を寄せていた。

テイクアウトの注文のイメージからは、優柔不断な印象は無かったが意外だな。

 

「……急に頼む物じゃないと思うけど、頼んでみてもいいか?」

「もちろんだよ。出来るだけハニー達の要望には応えたいしね❤️」

「おれ……今、猛烈にいなり寿司が食べたいんだ」

 

……稲荷寿司?

いや、いま稲荷寿司って言わなかったか?

 

「んー……ちょっと待ってね」

 

なんかおおよそカフェバーに無い物を要求された気がするけど気のせいだよな。

ここが何の店か、カっちゃんさんが知らない訳無いもんな。そうだよな。

そう思い込みたい俺の気持ちなんて知らずに、姉貴が小声で質問してくる。

 

「ねぇユウヒ、いなり寿司って」

「有る訳無えだ……あ」

 

冷蔵庫の中を思い出してつい声が出る。

 

「え、あるの?」

「今日の昼飯、ちらし寿司にでもしようかと買ってた稲荷揚げが少しならあるから出来なくはないが……」

「ならそれでいいね」

「いや、だから昼飯に」

「安心してハニー!用意できるって❤️」

 

姉貴がそう言っちまった手前、出さない訳にはいかないだろう。

昼飯どうする気なんだよ、と聞いたところで返ってくる言葉は「なら頼めばいい」なのはわかっている。

それは嫌だ、絶対に嫌だ。

なんで俺が作って食う予定の昼飯が無くなったからって他所から注文したメシを食わなくちゃいけねえんだ。

 

「えっ本当か!?でもふたりの昼メシなんじゃ……」

「普段は無いんで特別メニューって事でなら」

 

相手の驚きに対し、キッチンから乗り出して返答する。

もうそう言うしかねえだろ、この状況。

 

「何度かテイクアウトで頼んだら、恒常になるのかなぁ」

「それは良いな!」

 

メニューに追加する事を想像して……いや、稲荷寿司は売れねえだろうな……。

何とも言えない笑顔で返すしかなかった。