C428話
freeze
サラダは冷蔵庫から出して、ドレッシングを添えるだけだからさっさとカウンターに置いて先に提供する。
パスタを茹でつつイカを炒め、冷蔵庫に保管しているトマトソースとちらし寿司に使う予定だった具材を取り出す。
錦糸卵は……俺達の分だと思ってたから昨日のうちに焼いておいたが、一応新しく焼くか。
寿司酢は既に白飯に合わせてあるから、切って混ぜ込むだけだ。
幸い、稲荷揚げは開いているタイプを買っていたから詰めるだけで済みそうだな。
指が冷てえが、その位は我慢するしか無い。
スープはランチ用のを温め……いや、稲荷寿司に何も無いのもな。かきたま汁でも添えるか。
br
「やっぱプロは手際良いなー、やっぱコンロの口数が違うからか?ウチもこんなにあったら楽しいだろうな」
「カっちゃん、コンロが楽しいの……?」
br
別にこのガスレンジを楽しいと思った事なんてそうそう無えけど……見る奴が違えばそう見えるもんなのか?
br
「ナツの写真みたいなもんだな!」
「うーん……よくわからないけど、わかったような……」
「ハニーは写真撮影が好きだもんね」
「あ、そうだ……カっちゃんが楽しいなら一枚」
br
そう言って撮影音が鳴り、何を撮ったのか興味本位で顔を上げたらレンズがカウンターそばにあり、俺を向いていた。
思ったより近くて驚く。やっべ……完全に気を抜いてたな。
変な顔してなかったよな、俺?……と言うか勝手に撮るなよ。
br
「っ……俺なんか撮っても面白味も何も無いと思いますけどね」
「ナツ、ちゃんと許可とらないとダメだって!」
「まぁまぁ、ユウヒは撮っても大丈夫だから」
br
なんで姉貴が俺を撮る許可を出すんだよ。
まあ、撮られて困るような事はしてない……はずだが。
br
「そんなに写真、楽しいっすか?」
「……ユウヒさんも撮ってみたら?」
「意外とやってみたらハマるってあるしな!」
「確かに面白そうだね、私もユウヒの写真を見てみたいし」
「カメラなら貸すよ、普段使ってないやつだけど」
br
姉貴のために撮るつもりは更々無えよ。
ただ、まあ趣味らしい趣味も無いのもな……と思っていたから、またとないチャンスかも知れねえな。
br
「……確かに、写真が趣味ってのも良さそうっすね」
br
まあ、まず完成したランチを食ってもらってからの話だな。
イカとツナのトマトソースパスタ、コンソメスープ、稲荷寿司、かきたま汁をカウンターに置く。
br
「今日のランチの気まぐれパスタセットと稲荷寿司です」
「おっうまそうだな!」
「食べる前に一枚……こんな感じで私は撮ってるけど、見ますか?」
「え、大事な物なんじゃ」
「データが消えなければ大丈夫なんで」
br
そう言われてもデジカメはろくに触った事無えから、間違えて消しちまったらと思うと怖いんだが……。
br
「ハニー、私も見て良いかな?」
「もちろんどうぞ」
「ユウヒ見えないでしょ、もっと近づいて」
br
内心どうしようか考えていると、姉貴がひょいと手に取って操作する。
姉貴の後ろから液晶を覗き込むと、さっき撮っていた料理、俺、料理、カっちゃんさん、カっちゃんさん、カっちゃんさん、料理……と続いている。
殆ど飯とカっちゃんさんじゃねえか?
でも飯の写真は美味そうに撮れている。
何なら俺がさっき作った料理も、実物よりも色鮮やかに撮影されていた。
br
「この写真、凄く良いね。ほらユウヒもちゃんと見て」
br
そう言って姉貴がカメラを近づけてくる。
液晶には、料理を食べて満面の笑みのカっちゃんさんが写っていた。
確かに幸せそうでいい写真だな。
br
「インスタント持ってきてるんで、後で使い方をお教えしますね」
「そ、そこまでしなくても……なんかスマホのカメラとかじゃ」
「ユウヒ」
br
名前だけを呼ばれるが、姉貴に咎められた事は理解できる。
確かに道具にこだわっている人間に対して、失礼な言葉だったな。
br
「個人的にはカメラのシャッターを押す瞬間が好きなので、それを感じてほしくて……」
「そ、それは悪い事を言ったな……」
「ハニー、ユウヒが失礼な事を言ってごめんね?」
「おれもナツのカメラとかの話はよくわからん!撮った写真が良いかどうかくらいだな!」
br
がっはっは、と大口を開けて笑う顔は、写真と遜色無いのに何で写真の方がよく見えるんだろうな。
確かに興味が出てきた。
br
「……そういやナツ、本当に大丈夫なのか?盗撮とか残ってないよな?」
「大丈夫、違うカードに入ってるから」
br
そう思った直後になんか怖い会話が聞こえた気がしたが、聞かなかった事にした。