C426話

Last-modified: Wed, 22 Jun 2022 21:55:35 JST (696d)
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「なあんで姉貴も!じゃなくて、俺が!格好良いって誰も言わねえんだよお!」

 

目の前にはテーブルをだんだん、と拳で何度も殴るユウヒの姿。

手を怪我しないようにとクッションを手渡すと、両手で握りしめ顔を突っ伏して頭を振る。

 

「俺が!格好良いって言われてえの!」

「もう……だから飲み過ぎたらダメ、って言ったのに」

 

いつも言っているのに、いつもこうなるまで飲むんだから……。

お酒に酔ってこんな事を言い出す人を見て、かわいいの評価があったとしてもかっこいいにはならないと思う。

私にとっては可愛くてかっこいい弟だけれど、本人的にはそれでは不満だそうだし。

 

「俺だって、姉貴みたいにさーあー!」

 

正直にハニー達に格好良いか聞けば、きっと皆かっこいいって言ってくれるだろうに。

怒りながら手足を大きくバタバタと振るので、グラスをさりげなく移動させておく。

ぶつかって割ってしまわないようにと、もうこれ以上飲まないように。

 

「俺……そんなに格好悪いのかな……」

 

今にも泣きそうな顔をして聞いてくる弟に対し、正直に返答する。

 

「そんな事ないよ」

「姉貴に言われたって意味ないって、何度言えばわかんだよ!」

 

なら何度言えばお酒を飲み過ぎてはこうなって、翌朝恥ずかしくなるのをやめるんだろうね。

姉として説教したい気持ちもあるけれど、それをするならせめて翌朝にしてあげないとかわいそうだ。

 

「それもこれも!姉貴が格好良過ぎるのが悪いんだー!」

「えぇ……そんな事言われても……」

「なにがハニーだよ!俺がそんな事言ったらどうなるんだよ!」

「喜んでもらえるんじゃない?」

「恥ずかしいだろ!」

「何が言いたいのよ」

 

思わず苦笑をこぼしながら、適当なグラスに氷水を入れる。

 

「ほら、お水飲んで。二日酔いになるよ」

「うーん、飲まない……」

 

クッションを大事そうに握りしめて顔を沈ませる。

 

「飲みなさい」

「いやだ、酒じゃないなら飲まねえ」

「ユウヒ、怒るよ」

 

渋々といった様子でグラスを受け取り、一気に飲み干して返してくる。

飲んだ量から計算すると、最低でももう二杯は飲んで欲しいところではある。

 

「ユウヒ」

「どうせまた水だろー?」

「わかってるなら話は早いね、飲みなさい」

 

ぶつぶつと何か言葉にならない言語を口にしながら、渡した水を空にしていく。

 

「ほら、水も飲んだし寝なさい」

「……そうする……」

 

ひとしきり愚痴を吐いてスッキリしたのか、酔いが回って眠くなったのかは定かでは無いけれど素直なのは良い事で。

 

「あ、階段気をつけなさいよ」

「んー……姉貴も、ちゃんと歯磨いて寝ろよ……」

 

なぜかクッションを持ったまま階段を上がっていき、歯を磨く音が聞こえる。

変なとこ変に真面目なんだから。

思わず笑いがこぼれながら、ユウヒの為にグラスを洗う事にした。

 

 

「……んあ?」

 

目が覚めて、記憶と違う部屋に戸惑って首を回して辺りを見渡す。

間違いなく俺の部屋だな……いつの間に俺は、俺の部屋で寝たんだ。

そもそも何だよこのクッション、店の備品じゃなかったか?

昨日の事をゆっくりと思い返す。

 

「ああああー……最悪だ……」

 

情けないやら恥ずかしいやらで、布団ごと体を寄せて縮こまる。

あんなに姉貴に飲み過ぎるな、って言われたのに。

 

「今日、休みになんねえかな……」

 

そんな子供じみた事を呟いたところで、許される訳が無いのはわかっている。

しばらく酒を飲むのはやめよう。

今までそうやって何十回失敗したかも忘れた決意を新たにした。