C411話

Last-modified: Fri, 24 Jun 2022 22:28:34 JST (694d)
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最後の退店を見送り、今日の営業は終了だ。

閉店作業を本格的に始める俺に対し、姉貴が毎日の恒例となっている労いの挨拶をかけてくる。

 

「ユウヒ、今日もお疲れ様」

「姉貴もな」

「それで、頼みたい事があるんだけど」

 

いつもならその言葉だけで終わりのはずなんだが、今夜は続きがあった。

作業を止めて、適当な椅子に座る。

いつもの事ながら、嫌な予感しかしねえ。

 

「……何を頼む気だよ」

「ハニー達からの要望に合わせて、モーニングを始めたいんだけど」

「マジかよ……」

 

どうせ否定しても要望に応えさせられるから、無駄なやり取りはしない。

そんなもんは時間の無駄だ。

必要な事だけを、シンプルに質問する。

 

「で、どういう計画だよ」

「あぁ、そういうの面倒だから任せるよ」

「マジかよ……明日は店休日だから良いとして、それ以降毎晩仕込みの時間を……」

 

ペンとメモをエプロンから引っ張り出し、ブツブツと呟きながら計算をメモに書き込む俺を横目に、姉貴が部屋へ戻ろうとしていく。

 

「ふぁ……じゃあユウヒ、おやすみ」

「おうおやすみ……って、おい姉貴!ちゃんと風呂入ったか!?」

「面倒くさ……明日入ればいいじゃない」

「良くねえ!布団がすぐダメになるだろ!」

「ケチくさいなぁ、ユウヒは……そんなの新しいやつ買えばいいじゃない」

「金が勿体ないだろうが!」

「はいはい、仕方ないなぁ……めんどくさ」

 

怒鳴りつけられなけりゃ風呂にも入らない姉貴を誰かなんとかしてくれ。


そして、翌々日。

姉貴が起きてこないまま、開店時間が近づいていた。

 

「おい姉貴、起きろよ!」

「もう少しだけ……起きるの、本当に面倒で……」

「姉貴が言い始めた事なんだから起きろよ!俺だけで店回してどうすんだよ!」

「うーん、それはまずい……起きるか……」

「キッチンにシリアルと牛乳!あとドライフルーツも少しあるからそれだけでも食っておけよ!?」

「わかったー……」

 

姉貴にそう告げると、足早にフロアへ戻ると客席のテーブルから椅子を下ろして並べる。

テーブルをダスターで拭きながら時計を見て残り時間を把握する。

あまり時間は残っていないので、ダスターを使用済とラベルを貼ったバケツに入れておく。

モーニング初日から開店遅延だけは避けたいので、姉貴はもう放っておく事にしよう。

開店時間に間に合わなくなる位なら、俺一人ででも回した方がまだマシだ。

バケツをキッチンの定位置へ置き、用具入れから箒とチリ取りを引っ張り出す。

マーカー入れを掛けてある立て看板も忘れずに取り出して、店先に設置する。

先に店周りを軽く清掃してから、マーカーで「モーニングはじめました」と大きく書いてから、数歩離れて確認する。

 

「……いや、バランスが悪いな」

 

一度全て文字を消し、メニューを先にいくつか書いていく事にした。

空いたスペースにできる限り大きく書く事で、モーニングを始める事をアピールさせる。

かかった時間からすると……今は開店2分前ってところか?

ちくしょう、書き直したせいで時間が厳しいな。

かなりギリギリとは言え、開店準備は完了したので店内へ戻ろうとマーカー入れを持って立ち上がると、背後から大きな声が飛んできた。

 

「あ、せんぱい!!!モーニングやってますよ!!!!!」

「本当だね……結構種類もあるみたいだよ」

 

耳が痛え。

思わず眉をしかめてうるせえ!……と怒鳴りそうになるが、この声量に聞き覚えがある事を思い出す。

確か、何度か来ていた筈……その上、叫んだ内容が内容だ。

とりあえず振り向きながら笑顔で声を掛ける。

長年姉貴を見てきた俺だ。

あそこまでではなくとも、それなりの接客は出来る。

 

「いらっしゃいませ、本日から初めさせていただいてます」

「ですって!!!せんぱい、食べて行きましょうよ!!!」

「確かに美味しそうだね……まだ待ち合わせまで時間もあるし、お腹も空いてるし寄っていこうか」

「そうですね!!!」

「ではご案内します」

「ありがとうございます!!!!!」

 

声大き過ぎんだよ!……を、顔には出さねえように気をつけつつ案内する。

多少口元は引きつってるかも知れねえが、背後ならまあ見えねえしいいだろ。

……と思っていたら、姉貴がドアを開けてきた。

ただでさえ面倒臭がりの姉貴の事だから、間に合わなねえかと思ったが……やっぱり客相手だと違うな。

その行動力をそれ以外にも活用してほしいもんだが。

 

「ユウヒ、代わるよ」

「おう」

「私が案内を代らせて貰うよ、ハニー達❤」

 

案内を姉貴に任せ、キッチンへ戻る事にした。