間の抜けた話

Last-modified: Sat, 18 May 2019 22:22:37 JST (1827d)
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妖怪兎が、突然ベッドから起き上がる。

 
 

「キッパー!!!」

 
 

俺達が声を掛ける間もなく、部屋から飛び出していってしまった。

 

慌てて走って追い掛けるも、全く追い付けない。

 
 

「お、おい……待てよマッダーッ!」

 

「なんか、ず、随分と……速くないか!?」

 

「まぁ、兎だからな」

 

「いや、いくら何でも速過ぎるだろ……ッ!」

 
 

兎は足が速いものだと言われればそれまでだが、いくらなんでも速すぎるだろ!

 

並走していたギルド長が立ち止まり、強く床を蹴ると俺の横を高速で通り過ぎて行った。

 

なんだそのシステム、ずるいぞ!?


「……この部屋だな」

 

「そ、そう、だった、のか……?」

 

「……息切れし過ぎだろ、運動しろよ」

 

「お前らみたいに、飛んだり跳ねたり、出来ないんだよ……っ」

 
 

反論する俺を無視してギルド長が音を立ててノブを回す。

 

カーペットの足跡からいくと、確かにこの部屋……キッパーさんの執務室を通り抜けたようだ。

 

奥のドアの向こうに行ったようだが、ノブを回しても音を立てるだけでドアは開かなかった。

 
 

「……鍵が掛かってるな」

 

「蹴破って開けるか?」

 

「キッパー!キッパー!!……あぁ、本当に、本当に良かった……!」

 
 

扉一枚を隔てた向こうから、妖怪兎の叫び声が聞こえてきた。

 

恐らくだが、キッパーさんも同時に目覚めたのだろう。

 

ドアを殴りつけ、その向こうの相手を怒鳴るギルド長。

 
 

「おい!マッダー、お前開けろよ!」

 

「ま、待て、落ち着いたら開けるだろうから、今はやめておいてやれ」


なんとか抑えつけると、渋々近くのソファに座ったので俺も向かいに座る。

 

……そういえば、楓の姿がまた見えないな。

 

もしや、まだ何か企んでいたりするのか?

 

座りはしたものの、落ち着きなく膝を震わせて怒りを隠そうともしないギルド長に半ば呆れた。

 
 

「まだかよ……」

 

「少しくらいはあの妖怪兎の気持ちも考えてやってくれ」

 

「つっても、何分待てばくるんだよ」

 

「キッパーさんの性格を考えれば、速く出てくるのはわかるだろう」

 

「……外で煙草吸ってくる」


執務室から出て行くギルド長を見送ったはいいが……しまった、やる事がない。

 

かと言って、俺も外に出るのはどうなんだ……?

 

そう悶々としていると、奥のドアが開き、キッパーさんと妖怪兎が出てきた。

 
 

「私が随分と迷惑を掛けたようだな……すまなかった」

 
 

キッパーさんが開口一番してきたのは、美しい謝罪だった。

 

腰を起点に90度に下げられた頭、綺麗に揃えられた指先。

 

そして、何故か足にまとわりついている妖怪兎。


「ふぅ、少しは時間潰しに……うおっ、なんだそれ!?」

 
 

俺がキッパーさんの動きのチグハグ加減に硬直していると、ギルド長が戻ってきて俺の言いたい事を突っ込んでくれた。

 

心底ウンザリした表情で、キッパーさんが返事をする。

 
 

「……邪魔だから離れろと何度も言っているのだが……」

 

「やだ!絶対離れないからね!」

 

「……なるほど」

 

「いや大石もなるほどじゃねぇだろ」

 

「貴様等からも説得してくれ……」

 
 

妖怪兎のあの落ち込み様を見ていた俺としては、無理に引き剥がす真似は出来ない。

 

キッパーさんには申し訳ないが、我慢してもらおう。

 
 

「……まぁ、別に俺達に何か迷惑が掛かっている訳でも無いですし」

 

「……貴様」

 

「キッパー、やめとけって……でもよ、診察の時邪魔じゃねぇのか?」

 

「これだけキッパーさんがしっかりとしているなら、大丈夫だろう」

 

「いい加減な医者だな……で、この場合報酬はどうすりゃ良いんだよ」

 

「報酬だと?貴様、一体何をした?」

 

「え?キッパーの為ならお金くらいいくらだって払うのは当然でしょ?」

 

「貴様……ッ!!!」

 

「ま、待って下さいキッパーさん!話だけでも聞きましょう!?」


話を聞くと、ギルド長はキッパーさんと妖怪兎に依頼を、妖怪兎はギルド長に依頼をしていたらしい。

 

キッパーさんは腰に向かって睨みつけたが、当の妖怪兎は笑顔で返している。

 

その強靭なメンタルが少し羨ましく感じる。

 
 

「仕方が無い……後日、書類を送付する」

 

「こっちからも送っておくからな……さて、解決法もわかったし、残りは見様見真似でなんとかなるだろ!」

 

「ぼったくるんだね」

 

「お前にだけやってやろうか?……まぁ、キッパーが目覚めたのは良かったよな、じゃあな」

 
 

冗談を言うと、執務室のドアを開けて出て行ったギルド長。

 

音からすると廊下の窓を開けて飛び立ったようにしか聞こえなかったのは聞かなかった事にしよう。


「では、俺もそろそろ」

 

「待て」

 
 

そう返事を受け待っていると、キッパーさんが俺に顔を近づけてくる。

 

いやちょっと待ってくれ、いくら俺でも腰に男がまとわりついてるような状態は嫌だ……!

 

と思っていたら、もうキッパーさんは離れてしまった。

 

いや、ガッカリなんてしていない。

 

していない。

 
 

「……人間の割に抵抗値が高いと思えば……そういう事なのだな」

 

「え?キッパーさん何を……」

 

「気にしなくて良い、忘れろ」

 

「いや忘れろと言われましても」

 

「ならば力ずくで忘れさせてやろうか?」

 

「すいません忘れました」

 
 

キッパーさんの構えからすると、完全に俺の顎を狙っていた。

 

変な汗が背を伝う。

 

ニヤニヤと笑う妖怪兎が、とんでもない事を発言してきた。

 
 

「良かったねぇ、お医者先生」

 

「何がだ?」

 

「キッパーの事だから、加減間違えて顎が吹き飛んじゃうかも知れなかったし」

 

「ぇ……キッパーさん、本当ですか?」

 
 

思わずキッパーさんの顔を見ると、俺を見ていた筈の視線が横に移動していった。

 

キッパーさん……キッパーさん?

 

ちょっと待ってくださいよ、ちゃんと俺の顔を見て下さいよ。

 
 

「……人間は、脆弱だからな」

 

「それ、弁明になってないですよね!?」

 

「本当に良かったね帰って」


「……は?」

 
 

今、妖怪兎の放った語尾に失礼な言葉がついていたような気がするが、気の所為だろう。

 
 

「言わなくてもわかるでしょ、用件も済んだし帰ってよ」

 
 

気の所為じゃなかった。

 

……実際、やる事も無いので病院に戻るとしよう。

 

楓のシステムのお陰でやる事は特に無いのだが。


「帰り道わかるかい?」

 

「来た道を戻れば帰る事が出来るんじゃないのか?」

 

「……道に迷った際、此れを使うと良い」

 
 

そう言ってキッパーさんが手渡してきたのは、金属で出来た蝙蝠の羽だった。

 

指先程のサイズになっているそれは、まるでストラップのようだ。

 
 

「……どうやって使えば良いんですか?」

 

「迷った際に片手で握りしめろ」

 

「握りしめるだけですか?」

 

「力を籠めれば正しい道の方へ拳が引っ張られていく、そういう代物だ」

 

「あぁ、僕も持ってる奴だね」

 

「そうなのか?」

 

「けっこう便利だよ、それ」

 
 

今のところは使わなくとも帰る事は容易そうだが、いざという時に使わせてもらおう。

 

楓の葉が入っているが……まぁ、一緒に入れてしまってもいいか。

 

胸ポケットへしまいこむと、キッパーさんの城を後にした。

 
 
 

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