茜の兎は何見て跳ねる
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電話に出ると異様に慌てた声で呼ばれ、城に着くとマッダーが項垂れていた。
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「おい、どうしたんだ?」
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「キッパーが、キッパーが……ッ!」
その悲壮な表情と声で、キッパーが目覚めないのだと察した。
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こちらにやってきて、そのフラフラとした力無い動きからは想像もつかない程の力で両肩を掴まれる。
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「いっ……!」
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「ねぇ、お金ならいっぱい有るからさ……お金さえ払えば君達は……一見三聞は、何とかしてくれるんだろう!?」
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「おい、落ち着けよ、お前らに俺が依頼した事は何なのか忘れたのか?」
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「何でもやるって言ったじゃないか!早くキッパーを起こしてよ!じゃないと、そうじゃないと」
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「落ち着けって!」
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拘束を力任せに無理矢理振りほどき、距離をとる。
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こういう手合いからは、とにかく近づかずに会話していく事がベターな選択肢だ。
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問題なのは、今こいつがそもそも正気なのか狂気なのかわからない事だった。
「……ところでキッパーはどこなんだよ」
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「私室だけど……もう6時間も経つのに起きてこないんだよ」
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「たまたま起きてこないってだけなんじゃねぇか?」
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「キッパーはね、出来る限りこの国に尽くそうと普段は2時間程度しか寝ないんだよ」
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「……マジかよ」
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そこまで仕事するとか別の意味で異常だろ……仕事中毒かなんかか?
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俺みてぇに部下に押し付け……じゃなかった、振り分けちまえばいいのに。
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「問題はそこじゃないんだよ、起きないって事なんだよ」
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「そーれはですねぇ!!自分のお、か、げ!なんですよお!!!」
けたたましい笑い声と共に、見た事もない奴が突如宙に浮き出てきた。
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部屋の隅まで瞬間移動し、相手から距離を取りながら右袖の拘束具を1個外す。
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マッダーはマッダーで、開いた口がふさがっていない。
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耳の良いマッダーはもちろん、常時気配感知を発動させている俺でさえも気がつかなかった。
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何を考えているのか、どの様な力をもっているのかわからない状況では、視認できる程度の距離をとるしかなかった。
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「んもうっお二方とも警戒心むき出しですねぇ、そんなに自分を警戒しなくても大丈夫ですよお?」
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「……お前は何者なんだよ」
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「むっふっふー、気になります?気になっちゃいます!?やっぱり気になりますよね、ねっ!?」
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「君が、キッパーを……?」
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「それはちょっとした誤解ですう、自分はちょっとしたお手伝いをしただけなんですよ?そう!お、て、つ、だ、い!」
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……コイツ、マッダーとは違うタイプで面倒臭いな。
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警戒はしつつも、相手には警戒を解いたかのように見せかけ質問をぶつける。
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「なんだ、結局何者かは言えねぇのか?」
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「あああっ忘れてましたぁつい!すみませんねぇ、自分はモルフィウム・パンタイクロイ……夢神というものです!気軽にモルフィって呼んで下さい!」
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「……神?神にしてはなんだかな……夢魔じゃねぇのか?」
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「夢魔ならわかるけど……インキュバスとかサキュバスとかの類でしょ、あと……」
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「いえいえいえそんな性別などあってないようなものですから!あと神なんで、夢魔の上位互換的なやつだと思っていただければ?幸いですねえ」
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「……なら、君を倒せばキッパーは目覚めるんだね」
いつの間にかマッダーの手には万年筆が握り締められていた。
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超能力で引き剥がし、他の攻撃手段もとれない様に身体を金縛りにあわせておく。
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まだ相手の手が読めていないうちに攻撃するのは賢明な判断ではない。
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「やめてくださいやめてくださいっ!この自分を倒したいなら夢の中でないと無理、ですしい……全くもって意味のない事ですよ!?」
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「……なら何でお前は出てきたんだよ」
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「あぁ、タダのご挨拶です。あとは、全てを夢に包む為に行動してるんですけど、自分はここまでやったんだぞ!って進捗報告な感じですかねえ?それでは!」
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またけたたましい笑い声を上げながら消えてゆく夢神とやら。
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……まだ夢魔に見えたが、このまま力をつければ本当に夢神に成る事だろう。
金縛りを解くと、マッダーが俯きがちに質問してくる。
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「……僕に、アレを倒す事はできるのかな」
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「無理だろうな」
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たかが妖怪兎と、自称とはいえ神と名乗るような奴では相手にもならないだろう。
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そう答えたにもかかわらず、いつも以上の笑顔が返ってきた。
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「……そっか、なら別の考えが有るんだ」
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「別の考え?」
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「起きないのが問題なら、起こせばいいんでしょ?」
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「……何が言いてぇんだよ」
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「キッパーの夢に入り込んで起こしてあげるんだよ!」
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「はぁ!?頭でもおかしくなったのか!?」
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「僕がまともになれたって事かい?」
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駄目だ、噛み合わねぇ……というか、会話するつもりないだろ?
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そもそもどうやって入り込むつもりなんだよ。
「手伝って、くれるんだよね?」
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身長差もあってか、やけに上から見下げてながら顔面に張り付けられた気持ちの悪い笑みを向けてくる。
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「……金次第、だな」
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俺は同じ様でいて、全く違う意図の悪い笑みを浮かべ、マッダーを下から見上げる。
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もう浮かれまくっているのか、訳の分からないことをぶつぶつと呟いている。
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「そしたらキッパーに何を持って行ってあげようかなぁ……そもそも物を持ち運んだりできるかなぁ?」
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失敗したらマッダーを処理すればいいし、キッパーが目覚めなかったらこの国を運営するのも悪くない。
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……そう算盤を弾いていたら、まるで今気がついたかの様に手で払ってきやがった。
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「……あ、君は一回帰っていいよ」
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「お前がそもそも呼んできたんだろ!?」
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「そうだっけ?でも方法が見つかっていない間は君に用が無いんだよね」
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俺は便利屋じゃねえぞ!?
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そう叫ぼうとし、俺が便利屋のトップだと気づき冷静になる。
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危ねぇ危ねぇ……冷静になったところで仕事に向かう事にした。