無言アンド暴力

Last-modified: Sat, 18 May 2019 20:57:17 JST (1827d)
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「ふムフむ……色々ト、大変なんデスね」

 

「そうなのよ~、困ったものよね~」

 
 

この店はとても気に入っている。

 

珍しく、僕が通っている店の一つだ。

 

なんたって喋らなくても店主は理解してくれるし、姉さんも僕の事を理解している。

 

変な気を使わなくていいのは、とても楽だ。

 

……姉さんの場合、あえて無視してくる事も多いけど。

 
 

「私は眠れないから関係ないのだけれどね~、寸ちゃんの事が心配で心配で~……」

 

「……邪魔なんだけど」

 
 

宙に浮かぶ姉さんの、くねくねとした動きが鬱陶しくて手で払う。

 

よりにもよって、なんで僕のグラスの前で浮かぶんだよ……。

 

そんな僕達の様子を見かねたのか、とりなしてこようとする。

 
 

「まぁまぁ、そンナに邪険にしなクテも良いデハないデスか」

 

「そうよそうよ~!お姉ちゃんの為にも~、もっとも~っと言ってあげて頂戴な~」

 

「いや……ソコまではチョっと……」

 
 

姉さんを庇ったはいいものの、そこに付け込まれるとは思っていなかったみたいだ。

 

こちらへ、髪に覆われて見えない視線を向けてくる店主に対して助け舟を出す。

 
 

「姉さん……困ってるじゃんか」

 
 

そのくらいはしたっていいと思える程度には、彼と仲が良い……お得意様だから、っていうのもあるにはあるけれど。

 

そんな和気藹々とした雰囲気を壊す、扉を蹴破る音。

 

逆光になった特徴的な影から、天狗の首領、真渕徳丸だとわかった。


「おい!この俺様が来てやったんだからよォ、良い酒持ってくンだろうなァ!?」

 

「あら~、天狗ちゃんじゃない~!帰ってくれないかしら~?」

 

「姉さん」

 
 

姉さんは、この首領に限らず天狗と仲が悪い。

 

僕たちの住むこの国、ネバームーンの兵士として散った姉さんと、当時の敵であった天狗。

 

嫌わない方が無理って話だった。


「お、穏便にお願いシマすよ……?」

 
 

間に挟まれて、困るのは店主の彼だ。

 

相手の心が読めるという事は、僕が感じているこの空気以上にギスギスしたものを感じ取ってしまうんだろう。

 

……姉さんが、僕に制御できるとはとても思えないけれど……天狗の彼なら、まだ話は通じるだろう。

 

少しでも、努力してみよう。

 
 

「そうだ……天狗の中でも、起きない天狗ってさ……居るの?」

 

「アァ?そういや雑魚共は何か騒いでいやがったなァ……」

 

「やっぱり……」

 

「雑魚とはいえ天狗だァ、俺様もその雑魚の為に何かしてやンねェといけねェのが面倒だなァ」

 
 

口も行動も悪い事ばかりの彼だけれど、部下の面倒見は良い。

 

だからこそ、今こうして情報を聞いて回っているのだろう。

 
 

「おい、酒場なのに酒も出さねェのかァ?俺様に酒を出さねェと何をされンのか店ごと吹き飛ばさないと理解出来ねェみたいだなァ!?」

 

「そういう事言ったらめっ!よ~?」

 
 

姉さんが天狗の前まで移動し、人差し指を突き立てる。

 

店主の彼は、何も言わずにお酒の準備をしているというのに、姉さんは喧嘩っ早いんだから……。

 
 

「アァ?すぐ死ぬような雑魚がゴチャゴチャ喚いてンじゃねェよ!」

 

「あら~?一度死んだって事は~、二度目は無いって事なのよ~?」

 

「天狗が何を源流にしてるのか忘れちまったようだなァ……」

 

「……姉さん、分が悪いよ……」

 

「もう~、冗談が通じないっていやねえ~……」

 
 

天狗は山伏……僧侶が妖怪として大きな要素を占めている。

 

天魔を名乗るような彼なら、経文なんかも扱えても不思議ではない。

 

姉さんが成仏するのは……まだ、嫌だな。

 

彼の機嫌が直る事を願って、頭を下げる。


「……僕の頭を下げて、どうにかなるとは思ってないけど……」

 

「……ッチ、この悪鬼に免じて許してやらァ、おいお前らァ!コイツに感謝するンだなァ!」

 
 

そう言うと彼は扉をまた蹴破り、飛んで行ってしまった。

 

……なんで、で行きと帰りで二度も蹴破ったんだろう。

 

それに、情報を聞かずに帰ってしまったけれど……探して回ってるんじゃ、なかったのかな……。


「もう~、イヤーな気分になっちゃったわね~……」

 

「そう言ワズに、座って飲ミ直して下サイよ……あ、これ余ってタノでドウぞ」

 
 

そう言って彼の出した酒を見て、姉さんと顔を見合わせる。

 
 

「……それ、天狗殺しじゃ……」

 

「エェ、そうデスね」

 
 

結構、店主の彼も腹に据えかねてたみたいだ。

 

……僕達も、怒らせたら平然とした顔で鬼殺しを出されるかも知れない。

 

彼を怒らせるのはやめておこう。

 

その思いをサトリの彼に無言で告げ、出されたお酒を口に含んだ。

 
 
 

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