優しさは時に仕事を濁らせる

Last-modified: Sat, 18 May 2019 21:17:48 JST (1827d)
Top > 優しさは時に仕事を濁らせる

「エスプリースト、お客様よ」

 

「私に客だって?珍しい事もある物だね……」

 

「僕だよう」

 
 

アイシーンがこの保健室へ連れて来たのは、生徒でもなく、職員でもなく、この学校の誰でもなく。

 

滅多に会う機会のない、妖怪兎だった。


「なんだ、ラバックか」

 

「なんだとはなんだよう!まったくもう、酷いよう……」

 

「……似てるわね」

 
 

アイシーンが私とラバックを見比べて呟く。

 

……確かに親戚ではあるのだが。

 
 

「義理の従弟だから偶然だと思うよ」

 

「まぁ、確かにお互いに似てるといえない事も無いけどよう……?」

 
 

私はこのプシュケから出る事は少ないので、外がどうなっているのかは知らない。

 

しかし、ラバックがわざわざここまで訪ねてくるという事は、余程の何かが起きてしまったのだとみていいだろう。

 
 

「それにしても珍しいね、私を訪ねてくるだなんて」

 

「ちょっと調べたい事が有ってよう」

 

「調べ物?この保健室に?」

 

「違ぇよう!この魔女に連れてこられただけなんだよう!」

 

「エスプリーストの知り合いだって言うものだから、顔を見せた方が良いでしょう、と思ったのよ」

 

「なんだい、それは……」

 
 

別に、顔を見てどうこうするような仲でもないのだから、態々顔を見せに来られてもね……。


アイシーンは私の肩に手を置くと、一言告げてきた。

 
 

「という訳で、案内してあげて頂戴」

 

「断るよ」

 

「この僕を迷子にする気かよう……?」

 
 

震える長い耳に眉尻を下げた上目遣い、そして小さく動く唇。

 

胸の前で手を組み、潤んだ瞳で見つめてきた。

 
 

「あー……私にそういう事をしても効果は無いよ」

 

「なーんだよう、やって損したよう」

 
 

効果が無いとわかるや否や、すぐに媚を売る事をやめるラバック。

 

一方、アイシーンはすっかり騙されたのか、目を見開いた後私に小声で話しかけてくる。

 
 

「……よく見抜けたわね」

 

「彼が幼い頃から見てきているからね、嫌でも演技かどうか位は見抜けるようになったんだよ」

 

「それは……あまりいい事ではないわね」

 

「使える物は使って何が悪いんだよう?」

 
 

平然と言ってのける様子を見ると、彼の仕事が天職である事を感じる。

 

ふぅ、と溜息をひとつ吐くと、私は椅子から立ち上がりこの部屋の鍵を手に取った。


「あら、本当に案内してくれるの?」

 

「アイシーン、君が頼んだんじゃないか……ほら、着いてくるといい」

 

「ありがてぇよう」

 

「なら、彼の事よろしくね」

 
 

アイシーンが去った後、保健室から出て鍵をかけ、グノームお手製の外出中札をドアノブに下げる。

 

はぁ、とため息を吐くと、ラバックが心配そうにこちらを伺ってきた。

 
 

「……大丈夫かよう?」

 

「……まぁ、彼女に悪意は無いさ、むしろ善意でしかないよ」

 

「ああいう手合いは直接言ってやらねぇと治らねぇよう?」

 

「言って治る性格に見えたかい?」

 

「……ょぅ」

 
 

伏し目がちに唇をモゴモゴと動かす所作から、私が正しいのは見てとれた。

 

……本人が気付いて欲しいものだ。

 
 
 

もどる メニュー すすむ