優しさは時に仕事を濁らせる
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「エスプリースト、お客様よ」
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「私に客だって?珍しい事もある物だね……」
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「僕だよう」
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アイシーンがこの保健室へ連れて来たのは、生徒でもなく、職員でもなく、この学校の誰でもなく。
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滅多に会う機会のない、妖怪兎だった。
「なんだ、ラバックか」
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「なんだとはなんだよう!まったくもう、酷いよう……」
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「……似てるわね」
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アイシーンが私とラバックを見比べて呟く。
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……確かに親戚ではあるのだが。
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「義理の従弟だから偶然だと思うよ」
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「まぁ、確かにお互いに似てるといえない事も無いけどよう……?」
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私はこのプシュケから出る事は少ないので、外がどうなっているのかは知らない。
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しかし、ラバックがわざわざここまで訪ねてくるという事は、余程の何かが起きてしまったのだとみていいだろう。
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「それにしても珍しいね、私を訪ねてくるだなんて」
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「ちょっと調べたい事が有ってよう」
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「調べ物?この保健室に?」
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「違ぇよう!この魔女に連れてこられただけなんだよう!」
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「エスプリーストの知り合いだって言うものだから、顔を見せた方が良いでしょう、と思ったのよ」
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「なんだい、それは……」
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別に、顔を見てどうこうするような仲でもないのだから、態々顔を見せに来られてもね……。
アイシーンは私の肩に手を置くと、一言告げてきた。
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「という訳で、案内してあげて頂戴」
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「断るよ」
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「この僕を迷子にする気かよう……?」
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震える長い耳に眉尻を下げた上目遣い、そして小さく動く唇。
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胸の前で手を組み、潤んだ瞳で見つめてきた。
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「あー……私にそういう事をしても効果は無いよ」
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「なーんだよう、やって損したよう」
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効果が無いとわかるや否や、すぐに媚を売る事をやめるラバック。
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一方、アイシーンはすっかり騙されたのか、目を見開いた後私に小声で話しかけてくる。
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「……よく見抜けたわね」
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「彼が幼い頃から見てきているからね、嫌でも演技かどうか位は見抜けるようになったんだよ」
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「それは……あまりいい事ではないわね」
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「使える物は使って何が悪いんだよう?」
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平然と言ってのける様子を見ると、彼の仕事が天職である事を感じる。
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ふぅ、と溜息をひとつ吐くと、私は椅子から立ち上がりこの部屋の鍵を手に取った。
「あら、本当に案内してくれるの?」
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「アイシーン、君が頼んだんじゃないか……ほら、着いてくるといい」
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「ありがてぇよう」
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「なら、彼の事よろしくね」
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アイシーンが去った後、保健室から出て鍵をかけ、グノームお手製の外出中札をドアノブに下げる。
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はぁ、とため息を吐くと、ラバックが心配そうにこちらを伺ってきた。
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「……大丈夫かよう?」
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「……まぁ、彼女に悪意は無いさ、むしろ善意でしかないよ」
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「ああいう手合いは直接言ってやらねぇと治らねぇよう?」
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「言って治る性格に見えたかい?」
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「……ょぅ」
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伏し目がちに唇をモゴモゴと動かす所作から、私が正しいのは見てとれた。
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……本人が気付いて欲しいものだ。