良い夢と悪い夢の区別は誰がつけるのか
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「……よし、これで俺とキッパーがサインすれば終わりだな」
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「今ペンを出す、少し待っていろ……貴様、もう二度と余計な真似をしてくれるなよ」
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一見三聞のギルド長との交渉も、後は互いにサインを記すのみだ。
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原因となった彼奴に圧力を掛けるも、一切動じていない。
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それどころか、何故か片目を瞑ってくる……何かの符号か?
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その様な符号を取り決めていた覚えは無いのだが。
「もう、キッパー!ウインクしたのに無視しないでよ」
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「……貴様の胆力には、呆れたものだ」
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「お前ら俺が居るの忘れてんだろ」
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「此奴が忘れているだけだろう」
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「忘れてないけど?それより、さっさと帰ったらどうだい?」
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「へぇへぇ!なら後少しで帰ってやるから静かに待ってろよ……!」
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「なら良いんだけ……キッパー、あの窓!」
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敵襲が避けられていても、日光を浴びてしまえば意味が無い。
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叫びながら私に向かってくる彼奴を羽根で覆い隠し、該当する窓の周囲が破壊された場合の損傷範囲を想定して避けておく。
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数秒の後、窓を蹴破られる音。
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……その姿は、1柱と1体。
「……っとぉお……セーフ!」
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「し、死ぬかと思いましたぁ……」
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「おい、ババア窓割ってくんなよ」
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「うるせーなー、コイツに自分が原因でしたーって謝罪行脚させてんだからその位良いだろうがよ」
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「僕達は全員、原因はこの夢魔だ、ってわかってるよ?」
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「ぷっ、ババア無駄足だったな」
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「ババアババアうるさいなお前!大体あの吸血鬼の方がババアに見えるだろ!?あぁ!?」
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……私が年増だとでも言いたいのか?
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抑も、夢魔の謝罪がと言っていたが、私達は全員理解しているのだから私からすればただ城の窓を割られただけだ。
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……神々にも吸血鬼の恐怖を植え付けてやる時期が来たという事なのだろう。
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羽根を広げ直し、一歩一歩踏み締めながら向かう私に、彼奴が慌てた様子で追い掛けながら説得してきた。
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「き、キッパー。キッパーの事じゃないよ?きっと僕の事だよ年増って」
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「ほう?」
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「ほら、僕って白髪じゃん?だからね」
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「貴様が吸血鬼に見えた事など一度も無いと思うが」
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「あー……ま、まぁそれは置いといても、窓もまた業者を呼べばいいと思うんだ」
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「その金は何処から来ていると思っている?」
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「それは……そうだ!今回は僕が出すよ!」
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「貴様の金は何処からの金だ?」
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「ぁー……うん、そうだ、そうだよね、キッパーの言う通りだよ」
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「なら黙っていろ」
眉を下げて俯く彼奴を尻目に、私の領域へと踏み込んだ不届き者の神へ渾身の一撃を与える為、右腕に妖力を移していく。
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……今度は貴様か。
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「おいキッパー、それはマズイからマジでやめとけ」
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「……貴様が金を出す、とでも言うのか?」
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「する訳ねぇだろ、何の得も無ぇじゃねぇか」
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「ならば黙っていろ」
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「いや……でもマジでやめとけって、この俺が無料でアドバイスしてんだぞ?」
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「此処は私の国で私が法だ」
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「はぁ……仕方ねぇなぁ……」
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呆れ気味に溜息を吐いてくるとは如何いう了見だ?
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この右腕に溜めた妖力、貴様に打ちつけてやろうか。
「……おい、おいババア!」
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「なんだクソガキしばくぞ」
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「夢魔持ってこい!」
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「テメェに言われなくても持って来てるわボケェ!」
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「ぜ……絶対痛いヤツじゃないですか!勘弁して下さいよっこんな幼気な夢魔に吸血鬼が全力の一撃を食らわせるとか人の心が無いんじゃないですか!?」
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「私は人ではない、永遠の月に住まう吸血鬼だ」
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芋虫の様に動く夢魔と視線を交わし、魅了を掛ける。
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魅了と言っても効果は極薄く、一時的に肉体が麻痺を起こす程度の物だ。
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「ひぇぇ……」
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……この夢魔は、私の願望を見抜いた。
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其れは、この国において何よりも重い罪だ。
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私の願望など、この国の頂点に立ち続けるには不要な代物だからだ。
「……」
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「むむむ無言は無言で怖いんですよもう!知らないんですかあ!?」
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「黙れ」
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「自分とアナタの仲でしょう!?イイ事いっぱい知りましたよねっねえ!?」
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私は、この夢魔が居なければ……?
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……考え過ぎたな。
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振り被っていた右腕を降ろし、妖力を羽根の結晶へと戻すと、踵を返す。
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「……恩赦だ、帰るが良い」
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「また、なんとか助かっちゃいましたあ……ギリギリで何とかなっちゃう自分、凄くないです?」
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「自らそういうフラグ立てるとか、ちょっと心配だわ」
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再び私に近づく一見三聞のギルド長と、腕を降ろす理由。
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「キッパー、本当に良いのか?」
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「構わん、興が削がれた」
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「僕はキッパーが良いならそれで良いよ、今紅茶淹れてくるね」
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「なんだよ、本当に来ただけかよ……なんか無駄足だったわ」
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「ババア窓割り損だな」
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ふとした事に思い至り、神に笑みと牙を向ける。
「窓の支払いだが……今は構わぬ」
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「え?マジで!?やっぴー!」
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「……所で貴様、人間の下で働いていると聞いたが」
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「あ?あぁ、中央第一第二病院ってとこで遊びの一環で働いてるよ」
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「そうか、その人間に掛け合っておこう」
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「え?それって……」
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「ツケって奴だな、ちゃんと働いて返せよババア」
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「ハァ!?絶対嫌ですけど!?」
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「キッパー、僕がお医者先生に話しておくからさ、安心してね!」
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「……うっわぁ、マジかぁ……タダ働きとか最悪じゃん……」
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フラフラと窓から飛び立っていく神と、引き摺られる形で去っていく夢魔。
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あの神に一泡吹かせてやる事が出来、私としても大変満足だ。
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「キッパー、いつもその笑顔でいてね」
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「いや、怖ぇよ!?」
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清々しい気分のまま、契約書に書きかけていたサインを連ねた。