恐怖!不死のカボチャに怯える人々
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どこを見ても人、人、人。
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僕の持つランタンを見るや否や、小さくヒィと叫び声を上げてきたり、妖怪だ!と逃げ出したり。
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あぁ、こんなに人間に恐れられるだなんて、なんて愉快でたまらないんだ!
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僕は、人間に恐れられる大妖怪様だ!
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その辺の店から適当にリンゴを手に取ってしゃくり、と齧る。
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随分と熟していたのか、唇から滴る程の果汁が僕の喉を潤していく。
「ご機嫌、いかがですぅ?楽しいですかっ?ねえ、お楽しみいただけてますよねそれはもう!?」
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突然上から声を掛けられ、首を振り上げると建物の屋根の上に踊っているおかしな奴が居た。
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「お、おおお、おおっ?……お前、誰だ!」
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「夢神、モルフィウム・パンタイクロイ!ですっ!以後お見知りおき……は別にしなくてもいいですけど覚えてもらえたら幸いでございますぅ」
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「夢神?」
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夢の神……なんか、遠い遠い昔だけど聞いた事あるぞ?
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僕の長くて変わらない魂から記憶を引きずり出そうと、文字通り頭を抱えて思い出そうとしていると、夢神が僕の立つ地面に降り立ってきた。
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「自分のこの見てくれに記憶が?そんな筈は有りません、有り得ませんというか困るんですよそういう変な事言われちゃうと」
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「そう言われてもなんか覚えが……」
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「そういう事言うならこうですっ!えいえい!」
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夢神はそう叫ぶと、僕の宙に浮く手からひょいっとランタンを奪い取っていった。
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僕の唯一と言ってもいい弱点に触れられ、怒鳴り散らす。
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「かっ……返せよ!!!」
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「そんなに大切なんですかあ?随分と重たーいんですけど……アナタ、よくこんな重たい物持って平然としていられますねぇ」
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「僕のだぞッ!返さないなら……ッ!!!」
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出来る限りの数の手を出して実力行使を目論むと、向こうは慌てて僕のランタンを返してきた。
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「そそそそぉんなつもりは無かったんですよ!?やめてくださいっここは自分もですがアナタの夢でもあるんですから!」
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「勝手に僕の物触るなよな!なんか、ここ陰気臭ぇし……ここが僕の夢だって?」
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「陰気臭い?それはアナタの見る夢が陰気臭いからなのではあぁりませんか?」
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ここが僕の夢だって?
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こんなの、違うじゃないか。
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何とはハッキリと言えないけれど、とにかく違うと言い切れる程、根本的な何かが違う。
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あぁ、もう!なんて言ったらいいんだよ!
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言語化出来ないこの感覚にイライラする。
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「そうそう、それにここなんですけどお、アナタの夢が叶ってる!最高ー!!って感じがしないんですよねえ、ええ、全く」
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「……何が言いたいんだよ、ハッキリ言えよ!」
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「仕方ありませんねぇ、ズビシィッ!とお伝えいたしましょう!……何か、心の底からふつふつと湧き上がってくるような……そんな欲望、無いんですか?」
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「ない!!!」
断言したけど、嘘だ。
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欲望はそれこそ長く生きてるんだからいっぱいある。
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ただ、不完全であれ不恰好であれ、僕の一番の欲望はもう既に叶っている。
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だからこそ、この大事なランタンの中身は燃えている。
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一番渇望した不死身の力、灯りの火種も兼ねられた23グラムの黒い石炭。
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この火が絶えた時、僕は死を迎える。
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だからこそ、この灯火は永遠に燃え続ける。
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……そうか。
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僕には、ここの夢は僕の欲望の上澄みだけを掬っているような気がしていたんだ。
「何を考えてるか知らないけどなぁ、つまんないんだよここは!」
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「つっ……つ、つつつ、つまらない!?つまらないですって、え、え、えっ!?」
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そこまで動揺するか?という位おののく夢神。
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夢神の震えている両手が、肘からになり、やがて肩からになり、遂には全身震えていた。
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「そんな、自分は夢神っ、夢神なんですっ!夢を叶えてあげないと!夢を!欲望を!!!」
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「僕にはそこまで執着するような欲望は無いんだよ!」
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「い、いいえ、そんな筈……そんな筈は有りません、ええ!有り得ませんっ!
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……そうです、そうですとも!今夢を見ている事その事実こそ、そうそれこそがあなたが欲求不満である証明です!」
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「ついさっき、お前がここは僕の夢っぽくない、って言ってたじゃんか!」
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「うるさいうるさい!どんっなに薄くともっそれは欲望、欲望は欲望なんですよ!さぁ!この夢で叶う筈のない夢を見て!欲求を!満たしましょう!!!」
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ガッシリと肩を掴んできた両手、もはや絶叫と差し支えない声、眉間に皺を寄せた笑い顔。
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そのすべてが、今の僕には滑稽な道化師にしか見えなかった。
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「……何言ってんだ?僕の欲望はいつか叶うに決まってるだろ?」
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「は……?」
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痛い程の力でつかんでいた腕はだらりと垂れ、ポカンと口を開けて間抜け面を見せてくる。
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このいけ好かないこいつに、僕の一番の強さはなんなのか見せてやる!
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「僕は不死身なんだぜ?そのいつかをいつまでも待てるんだぜ?超特権だろ!?すげーだろ!?」
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「えぇ……」
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ふふーん、と胸を張って教えてやったのにちょっと引いてやがる。
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ムカつくなあ、お前が僕に見せるのはそういう顔じゃないだろ。
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もっとこの不死身たる僕の恐怖に怯えろよな!
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「……つまり、アナタは自身の夢に酔いしれる程の欲望はお持ちでない、と…… 」
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「そういう事だな!どうだ、参ったか!」
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「むむむむぅ……そうですね、参りました参りました降参でございますよええそれは本当に……今は、ですけど」
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「今は?」
さっきまでしょげてた癖に、いきなり両手を広げて回り出しはじめた。
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思わず肩を上げて威嚇するが、戦意ではない事に気づいてゆっくり警戒を解く。
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ちょ、ちょっとビックリしただけだかんな。
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「そう、今だけは諦めて差し上げましょう!自分の力はいずれ強大になります、ええ、なるんですよ?ですからその時にもう一度より強固な夢を見せて差し上げまっしょう!」
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「リベンジマッチってやつか!?」
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「何で楽しそうなのかは自分には理解出来ませんが、まぁそういう事なのですとも!その時には必ず、必ずです、必ず!自分こそが勝利を掴み取る事でしょう!」
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「そんなに言わなくてもわかるんだよ!……それと、最後にもう一度言ってやるよ」
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そうして夢神の胸倉を掴み、他の手達で僕の存在を示す。
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「僕にとって、全ての欲望はいつか叶うものなんだぜ」
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夢から醒める為には、これが一番早いだろう。
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夢神から離れた直後に自分の手で僕の頭を全力で殴ると、一瞬視界が赤に染まった後暗くなっていった。