対峙への布石

Last-modified: Sat, 18 May 2019 22:06:09 JST (1827d)
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「キッパー……起きてよぉ……ねぇ、キッパー」

 

「キッパーさんも……なんだ、ほら、夢の中で夢魔に反撃しているかも知れないぞ?」

 

「でも……うぅ、キッパー……ぐすっ」

 
 

……一体俺は、いつまでこの妖怪兎を慰めていればいいんだ。

 

そろそろ慰めの言葉の言葉も尽きてきたしそろそろしんどい。

 

帰りたい……そんな思いごとぶち壊す形でいまいさんが城へやってきた。

 
 

「あー……きつかった……しかもここ陰気臭いし」


「いまいさん!?……今、どこから……?」

 

「……普通に来ただけだけど?」

 
 

今の間はなんなんですか。

 

そもそも、俺の見た光景が正しければ……いまいさんが壁をよじ登ってきたようにしか思えないんですが。

 

……いや、そんなファンタジーな事ある訳がない。

 

なにか機械のアシストがあったに違いないな……。

 
 

「うんうん、そうですね」

 

「……何が?」

 

「キッパー……なんで……」

 

「え……アレ、何?気持ち悪いんだけど」

 

「あぁ、放っておいて大丈夫です」

 

「……ううぅ……キッパーの顔見てこよ……」

 
 

どうも、妖怪兎は彼女の事が見えていないらしい。

 

まぁ……アレだけキッパーさんの事が気になって仕方がないのなら、そうなっても仕方がない気もするが。


「……まぁ、妖怪だし無視していいか、手短に話すよ」

 

「は、はぁ……」

 

「ウタコっちが夢魔に取り込まれた」

 

「そんなまさか!」

 

「そのまさかだよ」

 

「そんな、ウタコさんに限って……」

 

「そんなウタコっちに限ってだよ」

 

「……そうですか……」

 
 

いつの間にか胸ポケットに戻っていた楓の葉を、怒りを込めながら握り潰す。


「お、お前っそれ何だと思ってっていってえええええ」

 
 

悶え苦しみながら楓が天井から降って来た。

 
 

「どこに居たんだよ……」

 

「あ?天井辺りに浮いて見てただけだけど?」

 

「上から見てたとか……性格悪」

 

「そう言われてもなぁ……神なんて、大抵性格悪いよ?」

 

「お前の性格はどうでもいいからウタコさんを助けろ」

 

「え?もっぺん言ってみろよ」

 

「……ウタコさんを助けろください」

 

「ヘタレか」


強気に出てみたが一言でその強気が霧散してしまった。

 

いまいさんにバカにされようが、怖いもんは怖いんだ。

 

特に、チンピラにしか見えない神なんか、怖い以外感想なんか持てるはずもない。

 

だからこそ、その恐怖を元手に交渉を試みることにした。

 
 

「……助けて下さい、神様」

 

「いいねぇ、恐怖からくる信仰心ってのも……手伝ってやってもいい気がしてきたよ」

 
 

うんうん、とニンマリと笑みを浮かべて頷きながら腕を組んで仁王立ちする楓。

 

……本当にこれで、信仰とやらは大丈夫なのか?

 
 

「おいやめろバカ!信仰は続けないとダメなんだよ!」

 
 

しまったしまった。

 

神でも仏でも何でもいい、だからウタコさんを助けてください……。

 

いまいさんに侮蔑と憐憫を含んだ瞳で見つめられる事からもついでに助けてください。


「……ねぇ」

 

「何か用でも?」

 

「麒麟から伝言」

 

「陸から……?直接言ってくれりゃいいのに、面倒な事するなぁ」

 

「……『出てきたらボコれ』だと」

 

「あー、そうかぁ……ふぅん、なるほどね?」

 
 

何かぶつぶつと呟きながら、空中で胡座をかき縦に回転する楓。

 

見ているだけで酔いそうだからやめろ。

 
 

「……」

 

「伝言だけじゃなくて、言いたい事が有るなら言ってもいいよ?聞き流してやろう」

 

「……人には人のやり方があるんだろうから、私からは、何も」

 

「そう、人には人のやり方がある……大石弥彦よ、お前は、私に何を捧げるつもりだ?」

 

「信仰じゃダメなのか!?」

 

「ケチな神……」

 

「信仰心だけじゃ飯は食えねぇわ!」

 
 

あんだけ私は自由だ!神だ!と言い放っているものだから、てっきり供物とか要らないのかと思っていた。

 

……まさか!

 
 

「……生贄とか、か?」

 

「そういう血生臭いのも良いけど今回はいいや……なぁに、ちょっと2週間くらい休みをくれればいいよ?」

 

「……それは有給休暇と言わないか?」

 

「えっ、金ももらって休めるの!?最高じゃん」

 

「……こんな俗物的な神もいるだなんて……私、何と戦ってるんだろう」

 
 

ショックで膝から崩れ落ちるいまいさん。

 

内心、俺も神のイメージが音を立てて崩れた。

 

最初の時から思ってたんだが……もっとこう、神々しさとか有るものじゃないのか?

 
 

「よし、ならそのウタコってとこに行って……」


「ちょっと待ったー!!!」

 
 

大声で叫びながら部屋に戻ってくると、手足を広げて扉を守る妖怪兎。

 

……ずっと、キッパーさんの部屋から話を聞いていたのかコイツ……?

 
 

「まずキッパーでしょ!?キッパーが一番だよね!?キッパーが先だったんだから!」

 

「いや、私は弥彦に頼まれたんであって」

 

「やだ!キッパーが一番じゃなくっちゃやだやだやだやだ!!!」

 
 

床に寝転がって暴れる、俺より身長が高い妖怪兎の動きに狂気を感じる。

 

普段、こんなのに付き合わされていたのか……キッパーさんを気の毒に思う。

 

……キッパーさんに免じて、一番にしてやろう。

 
 

「……楓、まずはキッパーさんに変更だ」

 

「マジ?……なら、あのクソガキも呼んでおいた方が面白いよなぁ」

 

「面白いだって?人間が被害に遭ってるのに?」

 

「ま、小難しく考え過ぎながら生きてる女には理解出来ないでしょうよ」

 

「人外の気持ちなんざ理解したくもないね」

 

「い、いまいさん落ち着いて、楓も黙ってろ」

 

「うぇーい!ぴーす!ぴーすぴーす!」

 

「……本ッ当に腹立つ!帰る!」

 

「そうやって、また助けられない自分から逃げるの?」


いまいさんが、ピタリと動きを止める。

 
 

「真実から逃げ続けるのは容易い道じゃないからなぁ……神の加護がある事を願ってやるよ」

 

「人外に助けられる覚えはない!」

 
 

いまいさんは入ってきた窓から去ってしまった。

 

……あの窓、実は出入り口なんじゃないか?

 

そんな気すらしてきた。

 
 
 

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