ラスト一歩手前が一番油断する

Last-modified: Sat, 18 May 2019 23:55:41 JST (1827d)
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「さて、結界も正規の手続きで抜けたから大丈夫だし、あとは……わっとぅう!」

 

「へ?急に引っ張らな……ごひっ」

 
 

私が放った矢を、ギリギリで避ける楓。

 

……正確に言うなら、夢魔を盾にしたが正しい。

 

やるな、楓……と思って空を睨んでいると、陸が私に対し怒鳴りつけてきた。

 
 

「リプレ!危ないでしょ!?」

 

「だいじょうぶだ、あやまったらゆるしてくれる」

 

「……そうなんですか?」

 

「はいスリートちゃん、リプレに騙されない……楓ー!降りてきなよー!」


おうよー、と返事を返す楓。

 

つられて夢魔がこちらを見ると、目を見開いて突然暴れ出した。

 
 

「お……っちょ、このっ……コオワアアーッッ!!!」

 

「ちょっ……暴れんなお前!リプレ、陸手伝って!」

 

「もう見たくないんですっいやあああああああ」

 
 

陸と目を合わせ、互いに軽く頷くとスリートを置いて楓の元へ飛ぶ。

 

飛びながら、援護射撃で夢魔の暴れる範囲を狭める。

 

その隙間を縫い、陸が楓と力を合わせて押さえ付け、そのまま地面へ叩きつける。

 

夢魔は、完全に押さえこめたようだ。


「急に暴れるなよな、ビックリするじゃん」

 

「この小娘だけはこの小娘は許せなっ……あああやっぱいやあああ顔も見たくないんですうううっ」

 

「うるさい」

 

「うわっ」

 

「あぶねっ」

 
 

夢魔の口に、拘束用の特殊な矢を放つ。

 

当たった瞬間、幾本もの光に分かれて夢魔を拘束していく。

 

これでどうだ?とふたりを見ると何故か怒鳴りつけてきた。


「ちょっとリプレ、私達も危なかったじゃない!」

 

「いくらなんでも巻き込みは勘弁して欲しいんだけど」

 

「ふたりなら、だいじょうぶだとおもってたぞ!」

 

「本当にぃ?そんな無表情でよく言うよ」

 
 

出来る限りの笑顔で返したつもりだったが、上手くいかなかったようだ。

 

ちょっとかなしい。

 
 

「あ、あの!」

 

「どうしたガキ、家の中で寝てな」

 

「眠くないです!」

 
 

楓はそういう意図で言ったのではないと思うのだが……。

 

私が言っても拗れるだけだ、黙っておこう。

 
 

「リプレさんの事なんですけど……」

 

「ほう?」

 

「ひっ」

 
 

スリートに邪悪な笑みを向ける楓。

 

私と楓は仲が良い自負はあるが、私はスリートの事を守れとアイシーンに強く言いつけられている。

 

やめろ、彼女はただの人間だ。


弓に矢を番えて無言で警告すると、隣の陸も楓に対し攻撃の体制を整える。

 

楓は私と陸をちらりと見ると、目を閉じてやれやれ、と言わんばかりのポーズ。

 
 

「あー……すまんね、驚かせて」

 

「……?」

 
 

スリートの頭をガシガシと撫でているが、そこに邪気は感じられず。

 

少し脅しつけてやろう、位の気持ちだったのかも知れない。

 

それでも、スリートに対してだけはだめだ。

 
 

「で、リプレが何だって?教えてくれる?」

 

「リプレさんは、いっつもこんなお顔なので無表情っていうのはちょっと違うんです!」

 
 

私を見て、にんまりと笑みを浮かべた後吹き出す楓。

 

やめてくれ、とてもかなしい。

 
 

「ぷっ……よく知ってるよ、大丈夫だ、うん」

 

「……スリートちゃん?楓だって、多分わかってると、おも……ふふっ」

 
 

このふたり、あとでしばく。

 

ゆるさん。


「んむむぅ……むむーっむむむんむむーっ!!」

 

「え、何?リプレ、外していいよ」

 
 

私が怒りをいつふたりにぶつけてやろうか悩んでいると、楓から指示が飛ぶ。

 

ちょうどいい、八つ当たりも兼ねて夢魔を拘束していた光を無理矢理素手で引きちぎる。

 

ここまでの負荷を受けていても、元々夢魔を縛っていたロープは無事だった。

 

何かしらのエンチャントをかけているのだろう。

 

夢魔はようやく喋る事が出来ると思ったのか、堰を切ったように話し出した。

 
 

「自分はこの小娘の所為でこんな目にあっているも同然なんですよっ、なんて仕打ちをするんですか?もうっ急に矢を受けて夢魔が死んだりしないとでもっ!?あぁでも今現に死んでいないですねえ……」

 

「そんなんどうでもいいから謝れ……って言っても、コイツらお前が原因って知ってるしなぁ……あ、何かやっとく?」

 

「げぇっ!?あの麒麟の飛び蹴りメチャクチャに痛いんですよっ!?勘弁してくださいよお……」

 
 

そう陸に向けて懇願する。

 

あの陸の飛び蹴りを食らったとは……相当痛かったに違いない。

 

瑞獣故なのか元々の筋力故なのか、陸の攻撃は長期間体に響く。

 

この鈍感な私の体ですら、1ヶ月は痛みがあったのだから……この夢魔なら、長い期間痛みに苦しむのだろう。

 

すこし同情する。


「んー……私、もう既に一発食らわせてるからいいや」

 

「そうなんだ、リプレはもう矢をブッ放してきたし……そこのガキ、やる?」

 

「な、なにをですか……?」

 

「スリートちゃん、この夢魔は悪い事をしたからこうやって皆に謝ってるのはわかる?」

 

「はい、わかります!」

 
 

こういう時、陸は説明が上手くて有難い。

 

表情を激しく変えながら説明を聞くスリート……そんなに驚くような事、あったか?


「わかった?」

 

「わかりました!……それで、どうすればいいんですか?」

 

「私達が知るかよ、自分で決めな」

 

言い方はキツイが、楓の言う言葉は正しい。

 

ここで、私達が何か意見を言ったら、そのままスリートは行動してしまうだろう。

 

それは、自主的に許しを与えるという事ではない。

 

しばらく考えた後、思いついたのか夢魔の前に立つスリート。

 

右手の人差し指を夢魔に突き出し、スリートはたった一文字を大声で告げた。

 
 

「……めっ!!!」

 

「……」

 

「あ、おわりです」

 

「えぇとお……これは、どういった意味になるのでしょ?」

 

「私に聞くなよ……2人は理解出来た?」

 
 

アイシーンの真似なんだろう。

 

真似なのは理解できるのだが……似ていないし、怖さも足りない。

 
 

「わかる」

 

「ですよねリプレさん!」

 

「……ごめんスリートちゃん、私にはちょっとわからなかったわ」

 

「ええっ!?おばっちょりんさんわからなかったんですか?他にもやったらわかりますか?」

 
 

そこから、スリートが全くもって似ていないアイシーンの物真似を披露し始める。

 

多分、アイシーンなら私が矢を放った事よりも……この似ていない物真似の方が怒るぞ?


「……あのさあ!で、結局許したの?許してないの!?」

 

「え、おわりですよ?それで次が……」

 
 

そうあっけらかんと楓に言って物真似を続けていく。

 

陸は付き合って一々リアクションを取っているが、私は見ないでおく。

 

もし、叱られてる時に思い出して笑ったら、余計叱られてしまいそうだ。

 
 

「あ、そうなんですねぇ……アッサリし過ぎちゃってなんだか逆にモヤモヤしてきましたよ?はいぃ……」

 

「次が最後なんだからモヤモヤもここで捨てな、じゃあまたね」

 

「え?最後!最後って今言いました!?」

 
 

ロープを掴んで引っ張る楓と、喜んで着いていく夢魔。

 

楓の性格の悪さを、あの夢魔は知らないのだろう。

 

気の毒だなぁ、と思いつつ見送った。

 
 
 

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