ベイビーなしカステラ

Last-modified: Sat, 18 May 2019 21:46:23 JST (1827d)
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中の綿がくたびれてきたのか、ちょっと硬くなってきたソファ。

 

まだ、LEDに変わっていない細長い蛍光管。

 

ホワイトボードには月間スケジュールと新作CDの売り上げ目標枚数、その隣には目標達成!の文字。

 

汚れないようにと布がかけられた長机の上には、オレンジと紫で彩られた花束。

 

他にもプレゼントが置かれていて、宛名には「ベイビーカステラ様」の文字。

 
 

「……ここは、っ」

 
 

私が叔父さん達の家の次に好きな場所……ある意味で、私の始まりの場所。

 

ここは、私達ベイビーカステラが所属している事務所の、とある一室。

 

壁に掛けられたシンプルな時計を見ると、時間はお昼を過ぎたくらいだった。

 
 

「本当に、お願い事……叶うのかな……?」

 
 

私の願い事。

 

私が突然神隠しに遭ってから、一番会いたかった人。

 

ベイビーカステラのベイビー。

 

みんなのやさしいおかあさん。

 

相棒とも呼べる存在、草下アスカちゃん。

 

ガチャリ、とドアノブの鍵が開く音がして緊張が走る。


「あら、ウタコちゃん……今日は早かったのね」

 

「アスカちゃん!!!」

 
 

開いたドアから出てきた顔は、私が覚えていた通りの表情で……!

 

嬉しさのあまり駆け寄って抱き着くと、驚きながらも受け止めてくれた。

 
 

「きゃっ!……どうしたの、ウタコちゃん?」

 

「アスカちゃん!久しぶり……だね、……本当に……本当に、会いたかったの!」

 

「……よくわからないけれど、ソファに移動しましょうよ、このままだと、ウタコちゃんの足も疲れちゃうでしょう?」

 

「うん!」

 
 

私が座ると、アスカちゃんは冷蔵庫から二人分のお茶を出して隣に座る。

 

ソファの前にある机にお茶を置きながら、アスカちゃんはにこり、と笑って私がしゃべりだすのを待ってくれる。

 

……そういえば、何から話せばいいんだろう?

 

今まであった色々な事……話しても、信じてもらえるのかなぁ。

 

私だって、体験したのにそれは幻だよ、って言われたらそうかもなぁ……って思っちゃうのに。

 

アスカちゃんは、私が困った顔で黙っているのを見ても、変な顔一つしないでくれた。

 
 

「ウタコちゃん……落ち着いてからでもいいのよ?ちゃんと待つからね」

 

「……なにから話せばいいのかな……いろんな事が有ったんだけど……」

 

「あら、そうなの?素敵ね……そうだ、ウタコちゃんさえ良ければ、最初から聞かせてもらってもいいかしら?」

 

「うん!まず最初にね……」


神様に違う世界に連れていかれちゃった事、そこには色んな妖怪とかが居た事、そこでなんとかアイドルとして暮らしていた事。

 

時々驚いたり、相槌を打ったりしながら、真剣に聞いてくれているアスカちゃん……。

 
 

「本当に色々あったのねぇ……ひとりで、大変だったでしょう?」

 

「そうなの!アスカちゃんが居なかったから、不安で、寂しくて、心細くて……」

 

「あら、そんなに頼りにしてくれていたの?嬉しいけど照れちゃうわ」

 

「えへへ……」

 
 

お互いに照れ笑いして、そのあとお茶を一口。

 

うん、事務所にいつも置いてあるお茶の味だ。

 

お茶を飲んだのもあってか一息つくと、アスカちゃんがぱん、と手を叩く。


「そうだ!カステラでも出しましょうか?多分ウタコちゃんへのプレゼントにあるわ」

 

「私が探すよ!えーっと、未開封のやつ未開封のやつと……っ!」

 
 

視界に入る「ベイビーカステラ様へ 大石弥彦」の文字に固まる。

 

……私、は。

 

私は、ここに居ていいんだっけ?

 
 

「どうしたのウタコちゃん?止まっちゃったけれど……」

 
 

……あれ、今こうやって二人で楽しくしているのが夢なんだっけ?

 

私とアスカちゃんが、離れ離れになっちゃった方が夢だったんだっけ……?

 
 
 

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