C429話 のバックアップ(No.1)
「ごちそうさん、いやー満足した」
「ご馳走様、美味しかったです」
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カっちゃんさんの分は、本来なら俺達の分の飯だ。
味付けが適当だったから、内心心配だったので美味いと言われほっとする。
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「とりあえず何か一枚撮ってもらっていいですか?」
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そう言ってデジカメを手渡され、何を撮れば……と悩んだ末に店の内装を撮影する。
すぐさま液晶に撮影した画像が……いやこれ工事写真か何かだろ。
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「……なんか、コレじゃないよな」
「ユウヒ、もしかして写真下手?」
「は、初めてなんだし仕方ねえだろ!」
「ユウヒさんは、被写体の気持ちになると……良いとおもう」
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そう言ってナツさんから手渡されたのは、インスタントカメラだった。
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「すぐに一枚ずつ現像されるから、ユウヒにピッタリかもね」
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ケチで悪かったな。
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「何を撮れば……悩むな……」
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カメラを構えてはああでもない、こうでもないとウロウロする。
さっきの写真の出来とフィルムが一枚いくらかを考えると、中々シャッターを押す事ができなかった。
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「お、晴れ間が出てきたぞ!」
「あ、本当だ……カーテン開けてもいいですか?」
「もちろん❤️」
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カーテンが開けられ、雲間から光が差し込み目を細める。
ナツさんは窓に張り付き、何枚か撮影した後デジカメを素早く操作していた。
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「ユウヒさん、チャンスですよ。虹が出てます」
「確かに虹なら……」
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同じように張り付いて撮影してみる。
その場で現像され、数十秒経って出てきた写真には……薄ぼんやりとした虹が写っていた。
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「……すいません、私が撮るのに夢中でタイミング逃しちゃいましたね」
「……ハニー、私もカメラを借りていいかな?」
「どうぞ、フィルムは気にしないで下さい」
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そう言って姉貴が一枚撮り、現像した写真を見る。
ショックを受けている俺の情けない表情だった。
二倍でショックなんだが。
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「……何で撮ったんだよ」
「瞬間を切り取る、ってハニーが言っていたからつい」
「ついじゃねえよ」
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「本当にありがとな!いなり寿司、美味かったぞ!」
「今度来た時、写真見せてくださいね」
「ハニー達、帰り道はまだ濡れているから気をつけてね❤️」
「またのお越しをお待ちしています」
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俺の手元にあるのは、会計時に半ば無理矢理貸し出されたインスタントカメラだ。
高いんじゃないのか、と思ったが安い物なら今は三千円以下で本体が買えるからと半ば無理矢理貸し付けられた。
見る限り、これがその安物のようには見えねえんだけど……。
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「ユウヒさんは、被写体の気持ちになると……良いとおもう」
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そう言われた事を思い返すが、被写体の気持ちと言ってもな……。
そもそも、別に撮りたいもんも特に無えし。
店内に戻った後、特に意味もなく姉貴に声をかける。
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「おい、姉貴」
「ん、なに?」
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振り向いた姉貴にカメラを向けると、片目を閉じて人差し指をこちらに向けてきた。
あーはいはい、このポーズを撮れって事かよ。
さっき撮られた仕返しのつもりだったのに。
自分の顔がどんどんと真顔になっていくのを感じながら撮影する。
カメラから出てきた写真がじわじわと現像されてくる。
悔しいが、今日撮影した中で一番の出来だった。
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「……写真映りは昔からいいよな」
「そう?私自身はそう思った事はないけど……」
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この写真を見て、何か……。
ふと金儲けを思いついた。
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「そうだ姉貴、こういう写真撮りまくって客に売るっていうのはどうだ?」
「えっ、と……」
「需要もあるだろうし、供給なんかすぐにできるし楽なもんだろ」
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カメラとフィルム代は発生するが、んなもん数売ればすぐに元は取れるだろう。
俺が撮るにしても、姉貴の写真ならまだマシな出来だし。
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「でも、さすがにそれは……ちょっと、恥ずかしいかな……」
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左手で頬を撫でながら伏し目がちに左へ目を逸らすのは、昔から姉貴がする癖のひとつだ。
ここぞとばかりにニヤついて追及する。
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「いやー、ハニー?達にウケもいいと思うんだがなあ」
「それはそうかも知れないけど……そうだ」
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言葉を濁していた姉貴だが、何かを思いついたのかニヤリと笑う。
嫌な予感がする。
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「ユウヒの写真も売るならいいよ」
「なんで俺まで!?」
「私だけあるのはおかしいでしょ?」
「需要からしても姉貴の分だけありゃいいだろ!」
「そんな事ないよ。ちゃんとユウヒの分も置かないとね」
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姉貴の大量の写真と並ぶ、姉貴と同じポーズをした俺の写真。
しかもそれに値段がついていて……うげ、想像しただけで気持ち悪い。
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「……俺の分は誰が撮るんだよ」
「それはもちろん私でしょ」
「そ……っ」
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姉貴にそんな写真撮れるのかよ、と文句を言おうとして俺の方が写真が下手だったのを思い出して言葉が詰まる。
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「な、ならこんなポーズ取らねえから無理だな」
「ユウヒが気を抜いた時とかに撮るよ。欠伸してる時とか一息ついてる時とか」
「俺の恥を売る気かよ」
「確かに……それはちょっとユウヒがかわいそうだね」
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可哀想って……だったら、最初から姉貴が提案するなよ。
何とも言えない気持ちになる。
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「……あ、この前栓抜きを回してからポケットにしまって満足気な顔をしてた時とかの顔なら」
「ッわーっ!!!」
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姉貴しか今この場にいないのに、誰かに聞かれやしないかが気になって無駄に大声を上げる。
なんでそれ今言うんだよ。
しかもいつの時の話だよ、よりによって成功した時なのかよと言うか見てたのかよ!
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「ふ、ふざけんなよ!もうカメラ見る度思い出すだろ!?」
「何言ってるの、ユウヒが恥ずかしい写真は嫌だって言うから」
「別の意味で恥ずかしいわ!」
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なんかもうカメラを趣味にするのはやめよう。
まさかこんな事になるなら趣味探しなんて興味出すんじゃなかった。
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「うん、カメラはやめよう」
「まだ全然撮ってないじゃない、諦めるにしても早くない?」
「いや、もうやめる。もう下手なのは十分わかったし」
「それに撮った写真を見せる、ってハニーに約束したでしょ?」
「それは……姉貴が撮ればいいだろ」
「ユウヒの写真ばっかり撮ってあげようか?」
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姉貴ならやりかねないのが嫌なんだよな……。
しかも変な写真ばかり撮りそうで尚の事。
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「撮る物がありゃ撮るから」
「今のままだと渡す写真が私の写真一枚になるからね」
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それはもっと嫌だ。
唯一撮影した写真が姉貴とか最悪にも程がある。
なんか……作った飯でも記録代わりに撮っておこう。
うん、それで大丈夫なはずだ。
そんな気持ちが透けたのか、ナツさんにしっかりとカメラと向き合えと説教されたのは後日の話だった。