C442話
freeze
今日はもうどうしようもねえから、臨時休業だ。
冷蔵庫は開けようが無え上に、オーブンやら何やらも使えねえ。
ただでさえホールでもこんなに暑いのに、そんな中でキッチンでガスなんか使ったら、暑くて倒れる自信しかねえし。
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「この暑さは堪えるね……」
「あー、あっぢい……」
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少しでも日陰と窓が多いホールへと降りたが、それでも暑いもんは暑い。
ベストもエプロンも脱ぎ捨ててその辺の椅子に引っ掛けてるし、シャツだって半袖にした上でボタンをいつもより外している。
それでも暑さの軽減にはそれ程役には立っていないようだった。
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「ユウヒ、飲み物冷蔵庫からとっていい?」
「中の冷気が無くなるから絶対に駄目だ!」
「もうさ、その冷気で涼もうよ……きっと気持ち良いよ」
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姉貴の提案にグラつく俺がいる。
暑いし、少しくらい……。
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「……いやいや駄目だ。中の物が腐るかも知れねえし」
「そんなぁ……喉乾いたんだけど」
「水飲め!水なら水道から出るだろ!」
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姉貴はあからさまに不機嫌な顔で水を二杯取り、片方は俺の前に置いてきた。
光が当たったグラスの水は見てるだけで涼しい気がしたが、こめかみ近くを垂れる汗がすぐに暑さを実感させてくる。
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「……ねぇユウヒ、提案があるんだけど」
「なんだよ今度は……これ以上涼しくはならねえぞ」
「それはわかってるわよ。だからさ、アビアンさんの所でご飯がてら涼まない?」
「……」
「もうお昼の時間も結構過ぎてるし、お腹空いたでしょ」
「まあ……」
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アビアンさんの所とは、間違いなくアビアンズカレーライスの事だろう。
姉貴に店主の対応を学べ、と何度か半ば無理矢理連れて行かれた記憶がある。
残ってるのは本格派の味の割には量、値段共に良心的で中々良かった記憶だけだが。
涼しい中で食うカレー……美味いだろうなあ。
どうせこのまま暑い暑いといくら言っていようと、いつ復旧するかもわからねえし……。
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「確かに、良いかもな……」
「でしょ?ほら、タクシーでも呼んで行こうよ」
「タクシーは呼ばねえよ」
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なんでバス停で5箇所も無い距離をタクシーで行かなきゃならねえんだ、そのぐらい歩け。
……待てよ?
距離が近いって事は、向こうも停電してんじゃねえか?
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「でも店やってんのかよ」
「確かに……でも、外を見る限り停電は本当にこの近所だけみたいだしやってると思うよ」
「うーん……」
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頭が茹だっていく中、何とか思考を巡らせる。
ここで断ったからって、姉貴はアビアンさんの店へ行くだろう。
それこそタクシーを呼んで。
そんでサッパリしたいから、なんて理由でタクシー乗って美容院でシャンプーし、帰るのも面倒だ、と考えるだろう。
まだ復旧してなかったら尚の事面倒だから、とタクシーでホテルに泊まっちまう事は予想できた。
……なら、俺が無駄遣いしないように監視がてら一緒に行った方がマシなんじゃねえか?俺も涼めるし。
でも、部屋に戻って財布取りに行きたくねえな……俺の部屋、妙に日当たり良いせいで絶対暑いし。
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「……ヒ?ユウヒ?」
「……あー?」
「大丈夫?」
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声を掛けられてハッとすると、姉貴がウエストポーチを渡してきた。
うだうだと考え込んでいる間に、面倒臭がって店頭販売の時に使う会計用ウエストポーチを持ってきたらしい。
確かにそのバッグに金は入っているから問題はない……が、後できちんと補填しておかないとな。
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「大分暑そうだしさ、早く行こう。お互い倒れちゃうよ」
「待てよ……今仕事着だし、着替えねえと……」
「面倒だからベストだけ着直せばそれでいいんじゃない?部屋に戻るの面倒でしょ」
「確かに面倒だけどよ……」
「私もこのまま行くつもりだし、大丈夫よ」
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……姉貴が言うなら良いか!
もう暑さで茹だり切った頭では、ろくな思考が出来なかった。