突然の魔獣の襲撃

Last-modified: Sat, 05 Sep 2020 00:09:34 JST (1352d)
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「お姉様、早く……っ!」

 

「私の事は考えずとにかく走りなさいな!共倒れするわよ!」

 
 

鬱蒼とした森の中、私達は訳もわからないまま、謎の獣の襲撃を受けていた。

 

硬く、長い黒い毛に覆われている皮膚には護身用程度のナイフは切り付けても通らず折れてしまった。

 

武器が使えない以上は、何がなんでも逃げ切るしか道はない。

 
 

「……お姉様ッ!」

 

「っ、ふんっ!」

 
 

右手で握りしめていたナイフを咄嗟に投げつけ、幸運にも獣の左目に突き刺さった。

 

獣の痛みに叫ぶ声を聞きながら、一気に走り出し振り切ると大樹の裏に隠れ、一息吐く。

 

ひとまず乗り切ったが……残りのナイフは一本しか残っていない。

 

この束の間に休息と戦法構築、実行が出来ねば……そこに転がっている骨と同じ結果に至るだろう。

 
 

「……メイ、よく聞きなさい」

 
 

妹のメイに、ナイフを手渡しながら話しかける。

 

メイだって武器の計算程度はしているだろう。

 

これで私の武器は、もう尽きたのだ。

 
 

「お姉様……?」

 
 

垂れ目、垂れ眉の顔が不安に歪み、余計に怯えているように見える。

 

ナイフをしっかり握りしめさせ、その揺れる瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら返答する。

 

「メイはとにかく走って逃げ切りなさい……マサヨシ君に会いたいでしょう?」

 
 

メイも戦闘が出来ない訳ではない。

 

しかし、本来の力を引き出すには相方兼恋人のマサヨシの助けが必要だ。

 

どんなに「神の使い」であっても、力が扱えない以上はただの人間と変わらない。

 

ならば、現状二人で行動する事は共倒れの危険の方が高いだろう。

 
 

……それに、私には策がある。

 

このような危険な環境なら、あの神の影響を受けずに使役できる筈だ。

 

ただ、それを妹には見せたくないだけだ。

 
 

「そんな……お姉様、わたし」

 
 

メイの瞳がじわぁ、と涙によって潤んでいくが無視を決め、反論すらも遮断してメイに逃げるよう説得する。

 
 

「メイ、私が何とかするから諦めたら駄目よ」

 

「でも、そんなの」

 
 

拒絶の意図を持って左右に振られた首を両手の頬を手で抑え、厳しい口調で告げる。

 
 

「命令よ、逃げなさい」

 

「……はい」

 
 

不服こそ全面に出してくるが、命令を承諾したようだ。

 

いつも客相手に向ける笑顔とは違う、私本来の笑顔を向けて優しく語る。

 
 

「メイは本当に心配性ね……私が大丈夫と言って、大丈夫じゃなかった事が一度でもあった?」

 

「無いです……け、けど」

 

「なら逃げるの、わかったわね」

 

「はい……」

 
 

メイの足音を聞きながら、目の前へと迫ってくる気配に集中する……そろそろいいだろう。

 
 

「さて……もう大丈夫ですわ、ここならメイに感知されなさそうですし」

 
 

苦痛に喘いだ結果、先程の獣は本性を現したのだろう。

 

首からは虎と鼠の頭、右側からのみの3枚の翼、手足も1対ずつだった筈なのに今は足が3対にまで増えている。

 

既に、それは手負いの獣と呼ぶには滑稽な姿だった。

 
 

「……まぁ、私には関係の無い話ですけれど」

 
 

そう呟き、右の足先で地面を鳴らすと、宙に召喚陣が青く光る。

 

同様に左手を振ると橙の光、右手で左の脇腹を撫でると緑の光が宙に浮き、私の頭上へと上っていく。

 

それらの光は明るくても決して暖かい光ではなく、黒く淀んだ光……各々が悪魔の召喚陣。

 
 

「オマエ達の御馳走である私に傷が付いたらどうなるのかしら?……そう、困るわよねぇ?殺しなさい」

 
 

青い光からは蔦の様に伸びていく縄、橙の光からは無尽蔵の針、緑の光からは黒い布に塗れた腕。

 

各々の光が、勝手に攻撃していく。

 

縄を避けて飛び上がれば針に撃ち落とされ、受身を取れずに立ち上がるその隙に腕が手足を捻じ切る。

 

無理矢理拘束を解くも、今度は首に縄がかかり解こうとしているうちに針で射抜かれる。

 

針を避けようと地面に倒れ込むなら縄と腕で拘束されていく。

 

……どう足掻いても勝てない絶望感からか、獣が叫ぶ。

 
 

「あらあら、そんなに大声を出して喜ばなくとも良くってよ?空腹の悪魔達に、そんな声を上げたらお腹を満たそうとするわ」

 
 

私のアドバイス通り、悪魔達は殺すまで弄ぶ事に決めたようだ。

 
 

地面を引き摺られ、宙に浮いたと思ったら直ぐに召喚陣へと飲み込まれ、召喚陣が私の体へ戻っていく。

 
 

「ふぅ……オマエ達にも困ったものです、余り調子に乗るともう何も食べさせないわよ」

 
 

呼応するかの様に淡く光った後、そんな物は最初から無かったかのように召喚陣が消え失せる。

 

さて、メイのところへ戻らないと。

 
 

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