急増する急患

Last-modified: Sat, 18 May 2019 20:08:25 JST (1827d)
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「また、ですか?」

 

「……そう、また、なんだよ」

 
 

もう夜になったとはいえ、いまいさんが連れてきた急患は既に今日9人目だ。

 

突然寝てしまい、そこからは目覚めず、原因は一切が不明。

 

全員症状は同じ……恐らく、いまいさんが背負ってきたこの患者もなのだろう。

 
 

「……わかりました、取り敢えず受け入れます」

 

「……頼むよ」

 
 

渋い顔で受け入れる事を告げると、いまいさんは深々と頭を下げて去っていった。

 

彼女が悪い訳ではないが、つい向けてしまう。

 

もうベッドに余裕は無いが、医師として受け入れないという選択肢などはない。

 

それに……俺には、まだ奥の手が残っている。

 

その奥の手を発動させる為にも、俺は仮眠室へ向かった。


「……想定していたとはいえ、こうも見事にサボられると腹が立つもんだな」

 
 

大の字に寝て大口を開けている姿は、とてもじゃないが勤務時間中の態勢だとは思えない。

 

眠っている仮眠ベッドのパイプを蹴り、音と振動で無理矢理起こす。

 
 

「起きろッ……いって!!」

 

「ぶぇっ!?」

 
 

飛び起きる看護師と、飛び上がる俺。

 

畜生……よりにもよって小指をぶつけるだなんて間抜けすぎるだろう、俺。

 

うずくまり、骨が折れていないか確認する。

 
 

「なーにしてんだよ……お前、バカか?」

 

「〜〜ッ……うるさい、それにサボりだろ」

 

「別に仕事も用もないならわざわざ起こさなくても良くない?」

 

「用があるから起こした上にそもそも仕事中だ!……で、話なんだが……ベッドって増やせるもんなのか?」

 

「……あ?」

 
 

起き上がるとサングラスを掛け、頭をボリボリと掻きながら胡座を組み欠伸をかましてくる。

 

その姿に威厳が有るとは思えないのだが、そこそこの女神?らしい。

 

もっとも、俺も実際どこがどう……そもそも何の神なのかも知らないが。

 
 

「急患が入ってな」

 

「はぁ?もうベッドが無ぇよお……って情けなく愚痴ってなかった?」

 

「いや、そこまで情けなかった記憶はないが……事情が変わってな」

 

「ふぅん……ベッドに2人乗せて対処でもする訳?狭そう!いやー、私は絶対に勘弁願いたいわ」

 
 

そりゃぁ大の字に寝てるような奴は無理だろうな。

 

皮肉の一つでも言ってやりたかったが、これから頼み事をする立場としてぐっとこらえる。

 

「……いや、そんなつもりはない」

 

「違うって言っても、実際問題そうでもしないと無理じゃね?」

 

「だからお前の力を借りようと思ってな」

 

「……いや、何を頼むつもりかは知らないけどさ?私、便利屋とかじゃないからね」

 
 

神と言っても何でも叶えてくれる!って訳でも無いのか。

 

まぁ、そんなに便利ならもっと楽して生きていけても可笑しくはない。

 

……少なくとも、病院で看護師として働いたりはしないだろうな。

 
 

「おい、そういう事は口に出すもんじゃねぇぞ」

 
 

思わず、口を手で覆う。

 

もちろん、そんな事をしたからといって、発言が無かったことになる訳でも何でもないが。

 
 

「え、言ってたか?」

 

「よく言うよ、わざと言った癖に……」

 

「そんな積りは無かったんだが……」

 

「まあいいや」

 

「それで……ベッドくらい何とかならないのか?」

 

「うーん……そこはほら、私を信仰してもらわないとさ、割に合わんよ。ねぇ?」

 
 

どうも、神の性質として信仰されると強くなる、とか逆に信じてもらえないと弱くなる、だとか。

 

いまいちよくわからないが、取り敢えず手を二度ほど叩いて頭を垂れてみた。

 
 

「いや、そういうタイプではないから困るんだけど……」

 

「無理なのか?」

 

「全部のベッドを二段式にする位なら余裕」

 
 

そうしたらどれだけの空きベッドが増えるんだ!?

 

すごいな、神様ってやつは!

 
 

「なら頼む!やってくれ!」

 

「え?別にいいけど人手は二倍にならねぇよ?」

 
 

ケラケラと笑いながら、両の掌を合わせながら返事してきやがった。

 

金でいうところの別料金、とでも言いたいのか?

 

というか、神にとっての金なのか?信仰心。

 
 

「……そ、そこは、なんかこう……神的な力で人手を」

 

「増やせねぇわ!私そういう生命創造系は苦手だし、そもそもそういうの簡単にやったらいかんもんよ?」

 
 

結局、負担は増えるのか……。

 

既に、俺も含めスタッフが何人も泊まり込んでいるのが現状だ。

 

俺は患者を受け入れると言ったのだから自己責任だが、それを周りにも強要する訳にはいかない。

 

なんとかならないかと楓に食い下がる。

 
 

「……なら、楽が出来るようなシステムとかならどうだ?」

 

「……お前さ、本当に私をなんだと思ってるんだよ?」

 

「便利屋の神」

 

「もし便利屋の神だとして、そんな微妙な強いのか弱いのかもわからなさそうな奴に神隠しに遭った事を恥ずかしいと思えよ」

 

「ほら!神様、仏様、何でも良い!だから助けてくれ」

 
 

ぱんっ、と手を合わせて拝み倒す。

 

楓は右手に顎を置いて上を向き、何かを計算しているのか視線が左右を往復している。

 
 

「うーん……まぁ、原因も考えるとやってやらねぇのも不味いか……」

 

「原因を知ってるのか?」

 

「そこはほら……ねぇ?すぐわかるもんよ、神だし?」

 
 

含みを持った発言を残し、立ち上がる楓。

 

上着代わりに羽織っているらしい白シャツを翻し、仮眠室から出て行った。

 

どこへ行くんだ、と追い掛けて廊下に出るも、居た痕跡すら見受けられなかった。

 
 

「本当に、どこ行ったんだよ……というか仕事しろよ」

 
 

ふと気になりいくつかの病室を覗いてみると、既に2段ベッドになっており、点滴なども自動化されていた。

 

……やっぱり便利屋の神なんじゃないか?


暗くなったロビーへと向かうと、ヒラヒラと何かが揺れている。

 

正直見に行きたくない。

 

いやいや、しかし俺が見なければ誰が見るって言うんだ。

 

今すぐに逃げ出したい恐怖心をなんとか抑え込んで近付くと、先程会ったばかりの神が手を振っていた。

 
 

「よぉ、遅かったじゃん?」

 
 

異様なのは、天井から逆さまに立っている事と、逆さになっているにも関わらず髪一本すら床に垂れていない事だ。

 

まるで、重力が天井に有るかの様な錯覚に陥る。

 

俺、地に足ついてるよな?

 

視線を頭ごと上下させていると、キュッ、キュと足音を上から響かせながら俺に近づいてきた。

 
 

「よっ……と!ま、あんな感じでいいんでしょ?」

 
 

俺にぶつかるギリギリで天井を蹴り、床に着地するとサングラスを外して目を合わせてくる。

 
 

「……ま、アレだけやらせといて文句は言わせないけど」

 
 

緑と青の瞳がみるみるうちに青と金の色に変わり、邪悪な笑みを向けてきた。

 

ただ、瞳の色が変わっただけなのに、言い様のない恐怖を覚える。

 

俺の本能が、アレは同じ姿形でも人間ではないのだ、と警鐘を鳴らしているようだった。

 
 

「っ、……っ」

 
 

恐怖のあまり、喉が絞まり腰は抜ける。

 

口はパクパクと無駄に動くだけで、おおよそ言葉らしきものは出てこなかった。

 
 

「この程度で気圧されるなんてまだまだだねぇ、人間?」

 
 

やれやれ、と言わんばかりに目を閉じて肩をすくめ首を振られる。

 

その瞼が開くと、既に緑と青のオッドアイに戻っていた。

 

そんな神がサングラスをかけ直すと、左手を腰に当てて右手を掲げる。

 
 

「ま、ちょっとしたオマケも付けてやったから……暇潰しくらいにはなれよ?」

 
 

楓が指を鳴らした直後、屋内にも関わらず突如暴風が吹き、大量の楓の葉が飛んできて思わず目を閉じる。

 

風が止み、目を開けるとそこには緑色の楓の葉が一枚だけ残されていた。


「こ、怖ぇ……」

 
 

まだ夜勤が続くのかと思うと、心が折れそうだった。

 
 

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