少しくらい救いがあっても

Last-modified: Sat, 18 May 2019 23:36:49 JST (1827d)
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「ごめん……それ、潰して……」

 

「え?」


そう右手の先を指され、視線を落とすとひしゃげた箱。

 
 

「……あぁあああっ!?」

 
 

……中身がどうなっているかだなんて、開けなくてもわかってしまう。

 

特に、ケーキはとてもデリケートな商品ですから。

 

あぁ、キッパーさんからの、特注品だったのに……膝から崩れ落ちた私は座り込み、無残なケーキの箱を膝の上に置く。

 
 

「あぁ……どうしよう……」

 

「一応開けてみたらどうかしら〜?」

 

「姉さん……絶対潰れてるのに、なんでさ……」

 

「ほら~、あの二人が実はなんとかしてくれてるかも知れないじゃない〜?」

 
 

……確かに、楓さんはかなりうっかり気質なので箱だけガードを掛けるの忘れていてもおかしくはないですが……。

 

でも、もし潰れていたら?

 

そんな現実を見るのが怖くて、目を瞑りながら箱を開く。


「……姉さん、よくわかったね……!」

 

「ねぇ〜?お姉ちゃんの言った通りでしょう〜」

 
 

おふたりの言葉を聞いて、目を開くと箱が潰れる程の衝撃を受けていたにも関わらず、ケーキは無事でした。

 

パッと見る限りでは、細かく作り込んだ飴細工も崩れていないようです。

 

ケーキを抱きしめそうになり、いけない、と気づきそっと箱を降ろして自分自身を抱きしめる。

 
 

「良かった……良かった……っ!!」

 

「……そんなに、嬉しいんだ」

 

「寸ちゃ〜ん?水を差さないの〜」

 

「違うよ……なら、使って欲しいのが……ある、から……」

 

「確かにいいのがあったわよね〜、お姉ちゃん持ってくるわね〜!」

 

「姉さん!……ごめん、着いてきて」

 
 

ぽん、と手を合わせた文さんが飛び出して行くのを、追いかける寸さんに呼ばれ着いていきます。

 

着いた先は、お二人のお店「以心之鬼」でした。


「今ならいい厚紙があるのよ〜!」

 

「……今、加工してくるから……そこで、待ってて」

 

「えっと……?」 

お店の奥へとフワフワ浮いていく文さんと、パタパタ走っていく寸さんに対して、私は困惑するしかない。

 

困惑が治まらない私に、文さんが答えを返してくれました。

 
 

「ケーキの箱に決まってるじゃない〜!」

 

「……え?」

 

「そうそう~、もちろんお代は要らないわよ〜」

 
 

ニコニコと笑顔で返す文さん。

 

確かに有り難い事この上ないですが……申し訳ない気持ちと、本当に無料なのかという疑念でいっぱいです。

 
 

「い、いえ、せめて原価だけでも……!」

 

「私達が潰しちゃったんだからいいのよ〜」

 

「だからって、無料で貰ったりしたら悪いですよ!」

 

「お金なんて貰っちゃったら寸ちゃんにたくさん怒られちゃうわ〜」

 

「ですが……」

 

「ね~、怒るわよね〜、寸ちゃん〜?」

 

「……当然じゃん」


押し問答している私達に寸さんが、ケーキの箱の形に切られた紙を差し出す。

 
 

「僕達からの、お詫びだから……貰ってくれないと、困る……」

 

「そ、そう言われてしまうと……」

 

「大丈夫よ〜、次来た時にた〜くさん買ってくれれば〜」

 

「姉さん!」

 

「もう〜、冗談よ〜怒らないで~」

 
 

語気を荒げる寸さんの頭を撫でる文さんの手。

 

実際は撫でるというよりおでこの辺りを貫通していますが、透けているので大丈夫なんでしょう。

 
 

「ほらほら〜、あなたのケーキを待つお客様が待ってるわよ〜?」

 
 

これ以上は、お断りするのも失礼ですし……ご厚意に甘える事にしました。

 

最早、箱のような何かから綺麗な箱へとケーキを移し替え、箱を閉じてお二人に感謝の言葉を述べる。

 
 

「ありがとうございました、本当に助かりました」

 

「本当に気にしなくていいのよ〜」

 

「……僕達こそ、ごめん」

 

「いえ、私の方こそ」

 

「ん~、そうね〜……」

 
 

悩んだ様子の文さん。

 

何か、失礼でも働いてしまったのでしょうか……?

 

そう思っていたら、ぱん、と手を叩き笑顔を見せる文さん。


「そうよ〜!みんな水に流す事にしましょうよ〜」

 

「姉さんの、言う通り……かも」

 

「……そうですね!」

 

「では〜、いってらっしゃいな〜」

 

「……じゃぁ、また」

 
 

手を振って見送る文さんと、帽子を深く被り家へと戻る寸さん。

 

私も、おふたりに向かってお辞儀を一回した後、目的地に向け歩みを進めた。

 
 
 

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