少しくらい救いがあっても
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「ごめん……それ、潰して……」
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「え?」
そう右手の先を指され、視線を落とすとひしゃげた箱。
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「……あぁあああっ!?」
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……中身がどうなっているかだなんて、開けなくてもわかってしまう。
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特に、ケーキはとてもデリケートな商品ですから。
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あぁ、キッパーさんからの、特注品だったのに……膝から崩れ落ちた私は座り込み、無残なケーキの箱を膝の上に置く。
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「あぁ……どうしよう……」
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「一応開けてみたらどうかしら〜?」
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「姉さん……絶対潰れてるのに、なんでさ……」
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「ほら~、あの二人が実はなんとかしてくれてるかも知れないじゃない〜?」
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……確かに、楓さんはかなりうっかり気質なので箱だけガードを掛けるの忘れていてもおかしくはないですが……。
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でも、もし潰れていたら?
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そんな現実を見るのが怖くて、目を瞑りながら箱を開く。
「……姉さん、よくわかったね……!」
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「ねぇ〜?お姉ちゃんの言った通りでしょう〜」
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おふたりの言葉を聞いて、目を開くと箱が潰れる程の衝撃を受けていたにも関わらず、ケーキは無事でした。
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パッと見る限りでは、細かく作り込んだ飴細工も崩れていないようです。
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ケーキを抱きしめそうになり、いけない、と気づきそっと箱を降ろして自分自身を抱きしめる。
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「良かった……良かった……っ!!」
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「……そんなに、嬉しいんだ」
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「寸ちゃ〜ん?水を差さないの〜」
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「違うよ……なら、使って欲しいのが……ある、から……」
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「確かにいいのがあったわよね〜、お姉ちゃん持ってくるわね〜!」
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「姉さん!……ごめん、着いてきて」
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ぽん、と手を合わせた文さんが飛び出して行くのを、追いかける寸さんに呼ばれ着いていきます。
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着いた先は、お二人のお店「以心之鬼」でした。
「今ならいい厚紙があるのよ〜!」
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「……今、加工してくるから……そこで、待ってて」
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「えっと……?」
お店の奥へとフワフワ浮いていく文さんと、パタパタ走っていく寸さんに対して、私は困惑するしかない。
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困惑が治まらない私に、文さんが答えを返してくれました。
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「ケーキの箱に決まってるじゃない〜!」
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「……え?」
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「そうそう~、もちろんお代は要らないわよ〜」
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ニコニコと笑顔で返す文さん。
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確かに有り難い事この上ないですが……申し訳ない気持ちと、本当に無料なのかという疑念でいっぱいです。
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「い、いえ、せめて原価だけでも……!」
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「私達が潰しちゃったんだからいいのよ〜」
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「だからって、無料で貰ったりしたら悪いですよ!」
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「お金なんて貰っちゃったら寸ちゃんにたくさん怒られちゃうわ〜」
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「ですが……」
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「ね~、怒るわよね〜、寸ちゃん〜?」
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「……当然じゃん」
押し問答している私達に寸さんが、ケーキの箱の形に切られた紙を差し出す。
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「僕達からの、お詫びだから……貰ってくれないと、困る……」
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「そ、そう言われてしまうと……」
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「大丈夫よ〜、次来た時にた〜くさん買ってくれれば〜」
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「姉さん!」
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「もう〜、冗談よ〜怒らないで~」
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語気を荒げる寸さんの頭を撫でる文さんの手。
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実際は撫でるというよりおでこの辺りを貫通していますが、透けているので大丈夫なんでしょう。
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「ほらほら〜、あなたのケーキを待つお客様が待ってるわよ〜?」
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これ以上は、お断りするのも失礼ですし……ご厚意に甘える事にしました。
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最早、箱のような何かから綺麗な箱へとケーキを移し替え、箱を閉じてお二人に感謝の言葉を述べる。
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「ありがとうございました、本当に助かりました」
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「本当に気にしなくていいのよ〜」
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「……僕達こそ、ごめん」
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「いえ、私の方こそ」
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「ん~、そうね〜……」
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悩んだ様子の文さん。
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何か、失礼でも働いてしまったのでしょうか……?
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そう思っていたら、ぱん、と手を叩き笑顔を見せる文さん。
「そうよ〜!みんな水に流す事にしましょうよ〜」
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「姉さんの、言う通り……かも」
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「……そうですね!」
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「では〜、いってらっしゃいな〜」
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「……じゃぁ、また」
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手を振って見送る文さんと、帽子を深く被り家へと戻る寸さん。
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私も、おふたりに向かってお辞儀を一回した後、目的地に向け歩みを進めた。