人間、神隠しに遭う

Last-modified: Sat, 18 May 2019 01:35:36 JST (1828d)
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「ここは……?」

 

その光景は、唐突に現れた。

 

俺は夜勤明けに一眠りしていたはずだが、今見える風景はまるで、宇宙空間か何かのようだ。

 

辺りをよく見回すが、この世界観を理解出来そうな物は何も無い。 


 

「やあ」 

 
 
 

声が聞こえ、声の持ち主もまた、唐突に視界に現れた。

 

先ほどまで頭を振りかぶっていたが、特に隠れられそうな場所も無かった。

 

つまり、急に視界に現れるような事は不可能だった筈。

 

「ここは世界と世界を繋ぐ場所……人間的に言うなら『世界の中心点』かな?ま、端の方だけど」

 

何を言っているんだ?理解不能だ。

 

服装も、現代的ではあるが、あまり見ない格好と言ってもいいだろう。

 

よく見ると、彼女は宙に浮いてい、る?

 

……待て、俺も宙に浮いている!

 

「まあまあ、そんなジタバタと慌てなさんなって、私が落ちないようにしてやってんだから大丈夫だよ」

 

「……そうか、夢か!」

 

夢ならば何が起きてもおかしくはない。

 

夢の中とは言え、更に深い眠りに就けばきっとこの夢も崩壊するだろう。

 

さらばレム睡眠。

 

「待て待て待て話を聞け」

 

俺の白衣の裾を引っ張って振り回し、夢の中で尚も眠りに入ろうとする俺に対して邪魔をしてくる。

 

夢のくせになまいきだ。

 

「嫌だな、何故ならば、俺は夜勤明けで大変疲れている!」

 

「そうやって上から抑えつけようと偉ぶっても無駄無駄、お前の事は知っている」

 

クルクルと回る少女。無重力という設定か何かなのだろうか?

 

自問自答と彼女への回答を同時に行う。

 

「……そりゃ、夢だからだろう」

 

「あーあ、今時の若者は夢がないねぇ」

 

逆さに浮いたまま、肩をすくめ首を振る少女。

 

見た目よりも老けてるのか?

 

「夢の中で言われたくもないが」

 

「……なんだかやりにくいなぁ、かったるくなってきたわ」

 

眉間に皺を寄せて睨んでくるが、ガラの悪い輩にしか見えなかった。 

 

 

「わかったわかった、お前の事は受け入れてやるから」

 

「……驚いた!私の事を本心から受け入れられるなんてね……結構割り切るの得意?」

 

「割り切り出来なければ、医者なんてやってられん」

 

「ま、それもそうかもねー」

 

しばらく考え込んでいる様子だったが、咳払いを一つするとズボンのポケットから紙を取り出し、問いを投げかけてきた。

 

「ここが何処なのか、理解は出来る?」

 

「さぁ、知らんな」

 

「ふむふむ、そしたらえっと……現実に何か不満は有る?」

 

「……まぁ、強いて言えば刺激は少ないな」

 

「へぇ、女を結構取っ替え引っ替えしてんのに?」

 

「やけに突いてくるな」

 

「まぁどうでもいいんだけど……次ね、あの恐怖、克服したい?」

 

「……あの恐怖?」

 

まさか。

 

「そう、あの恐怖。」


「白く透けた手が飛び出してくる。」 

 

少女が紡ぐ通り、飛び出してきた腕。

 

あの時、見た光景と同じ。

 

目の前で起きたのに、未だに現実味が無い現実。

 

「少女の身体を掴む。」

 

いつの間にか目の前に居るのはあの時の姿の少女で。

 

周りの景色もあの夕暮れの路地で。

 

「それは、引き摺り込むように見えて」

 

白い腕の根元は黒い「何か」で覆われている。

 

そこへ、連れ込まれて行こうとする少女。

 

助けを呼ぶかのように突き出された右腕を、あの時の俺は、俺は。

 

「振り払おうとしたのに敵わなくて」

 

「やめろ!!!」


ハッとして口を押さえる。

 

「……なぁんだ、有るんじゃん」

 

下卑た笑い顔を見せ付けてきた顔は、既にあの時の少女のものではなくなっていた。

 

周りの光景も、宇宙空間に戻っている。

 

いや、宇宙空間で正しいのかはわからないが。

 

「その恐怖、取り除いてやろうか?」

 

「……どういう事だ?」

 

「新天地であの恐怖から逃げて尚且つ刺激的に暮らせる権利、とかあったら……どうする?」

 

思わず俺も相手に似た、下卑た笑いを浮かべる。

 

「ハハッ……そんな所、まるでユートピアじゃないか」

 

「私の様な長生きからすればどんな世界もディストピアだけどな」

 

言い得て妙かもしれ……長生き?

 

「まて、年……幾つだ?」

 

「中央第一病院の大石院長の息子、大石弥彦26歳」

 

「それは俺の事だろう」


「あ、お金いる?」

 

「……今の俺の状態のままとかは無理なのか?」

 

「受け入れるのが早くて何よりだけどちょっと図々しいなお前」

 

「まぁ、金はあるに越した事はない」

 

「ちょっと待って!……あー、中央第一病院もう有るなぁ……そしたらここをこう……じゃなくて……あっそうか、よし!」

 

「……何が良しなんだ?」

 

「ちょっとお前を改変させて貰うからな」

 

「え、どういう意味だそれ」

 

「お前は大石弥彦26歳男人間、ホワイトカラー中央第一第二病院の院長次期候補」

 

「ホ、ホワイトカラー?」

 

「今後お前の住む国の名前だよ」

 

「第二ってのは」

 

「もうホワイトカラーには中央第一病院が有るから」

 

「次期候補は?」

 

「……まぁ気にするなよ、このドアにでも落ちればそんな事思い付かなくなるから……さ!!」

 

「ちょ、ぅおわっ!?」

 

そう言うと俺は虹色に染められた楓の葉を持たされ、白い扉の先に蹴り落とされた。 


「楓さー、また変なの拾ってきたりしてない?」

 

「えっ、何の事だーかわっからなーいなー!」

 

「ごまかし方が下手過ぎる」

 

「あっ永住人、あそこに樹っつぁんの苺大福が!」

 

「よし楓、共犯しよう!」

 

「私大福な」

 

「えっ私酸っぱい苺は嫌いなんだけど……」

 

「私だって嫌いだし」

 

「楓さん、また人間連れ込みましたね?」

 

「やべっ樹っつぁんだ!逃げろ逃げろ!」

 

「えっ私も!?」

 

「ま、待って下さ……はぁ……調整は……してある様ですね。本当、必要最低限の事だけはしっかりしてるんですから楓さんは……」