C413話 のバックアップ(No.1)


から姉貴を一目拝もうとする客で満席になったところで、ドアベルがまた鳴る。
提供した時間から考えても、一番客を追い出すにしても早過ぎる時間だ。
仕方ないが、空席が出るまで待ってもらうしかねえな。
見る限り揃いの紺色の……学校かなにかの制服か?
制服と言うよりは、エプロンを外した給仕服の方が近いが。
関係も、先輩と後輩と言うよりは姉妹のように見える。

「いらっしゃいませ、カフェバーC4へようこそ。申し訳ないけれど、今は満席だから待ってもらっても大丈夫かな?」
「えぇ、大丈夫ですわ……けれど、モーニングの時間帯には間に合うのかしら?」
「ハニー達を待たせている私とユウヒの問題なんだから、多少時間はズラしてでも提供するから安心して欲しいな」
「あら、それは嬉しい心遣い。是非お願いさせて戴こうかしら?」
「お、お姉様……時間はちゃんと守らないと……」
「大丈夫よ、メイ。こちらの店員さんが構わないと言っているのですし、ね?」

やっぱり姉妹か。
同じ学校なのだろう……あんな制服の学校が近場にあった覚えは無いが。
そう思考を巡らせながら会話を見ていた俺と、姉の方らしき女性と視線が合う。
相手は一瞬、目を少し見開いたと思えば、直後に目を細めニコリ、と軽く首を傾げて笑いかけてきた。
わざとらしすぎないわざとらしさだ。
普通の男ならその仕草にやられるんだろうが、生憎俺は方向性は違うものの似たような仕草を常に見続けている。
姉貴と同類の、裏が有りそうな女だな……気をつけておかねえと。
俺の警戒心が高まったのを余所に、姉貴は壁際の椅子を2人の前に置きながら会話を続けていく。

「本当に申し訳ないけれど、この椅子に座って……」
「ここで良ければ空けますよ!!!!!」

店内中に大きな声が響き渡る。
大声の主は当然、朝一で来た客だった。
姉貴がちょっと待ってて、と姉妹に告げ小走りでテーブルへ向かう。

「まだそんなにゆっくりもしていないんだから、気にしなくて大丈夫だよ?」
「でも待っている人が居るなら、私達は大丈夫ですよ!」
「まだ食べ終わってないから、急いで食べますね」
「そこまでしてくれるのは嬉しいけれど、受け取るのは気持ちだけにしたいな」
「……あ!そうだ!!!せんぱい!!!!!」

隣にいる人間に対して出す声量じゃねえだろ。
店内の注目を浴びている事にも気がつかず、演説でもしているかの様な声で会話している。

「……何か思いついたの?」
「はい!相席なら一緒に座れると思うんですよ!!ほら!ここ4人座れますし!!!」
「確かにいい案だね、彼女たちが良ければだけど」

ちら、と姉貴が俺に視線を投げてくる。
まぁ客が良いって言ってんなら良いんじゃねえの?

「本当に構わないのかな?」
「はい!私達は大丈夫です!!」
「僕も大丈夫ですよ」
「……あちらのハニー達にも聞いてみるね」

小走りしつつも、埃を立てない様に順番待ちの2人へと向かう姉貴。
会話は上手く聞き取れないが、お互いの動きから見るに、大丈夫なんだろう。

「では、こちらの席へどうぞ……本当にありがとうね」
「私達も、こんなに早く座れるなんて思いませんでしたわ。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……っ!」
「いえ、お気になさらず」
「はい!こちらこそ!!!」

(節)

意外にも、あの4人は上手くいっているらしい。
モーニングタイムも終わりに近づいているが、未だに座り続けているのがその証拠だ。
途中、席が空いたから移るかを姉貴が聞いたが、断っていたしな。

「すみません」

姉らしき方が手を上げるが、姉貴は別の客の会計中だ。
俺は逆に手持ち無沙汰なので、キッチンから出て対応に向かう事にした。

「はい、何か御座いましたか?」
「コーヒーのお代わりを頂きたいのですけれど」

見ると、確かにホットコーヒーはカップから消え失せていた。
ホットコーヒーは淹れてから美味い時間が非常に短いのでお代わり自由。
普段なら姉貴が少なくなってきた頃にお代わりを聞いているが、会計ラッシュも相まって間に合わなかったのだろう。

「失礼致しました。ただいまお持ちします」
「こんな事で呼んでしまって、ごめんなさいね」

胸の前で軽く手を合わせて謝ってくるが、そこに謝罪の意図は見受けられない。
それどころか、媚びの姿勢すら見えてくるぐらいだ。
……微妙に腹は立ちつつも、それを態度には出さずにコーヒーサーバーをキッチンから持って行く。
時間によって使い分けているサーバーは、モーニングなので耐熱ガラス製だ。
カフェタイムは注文が多いのでステンレス、バータイムは雰囲気を重視して陶器製と使い分けている。
そういった所に金をかけてリピーターを増やす方が、結果的には得になるからな。

「お待たせ致しました、失礼します」

声をかけて空になったカップを手に持ち、サーバーからコーヒーを注ぐ。
コーヒーの黒い液面が軽く回り続けたままソーサーへ置かれ、カップからは焙煎された香りと共に湯気を放っていく。

「あー!いい香りですね!!!」
「相席のお礼に一杯サービスするよ」
「姉貴」

背後から俺の両肩に手を置き、笑顔を4人に振り撒いている。
余るようには淹れているし……まぁ、どうせモーニングタイムが終われば処分するコーヒーだ。
1杯程度なら問題も無いだろう、礼品になるのなら尚の事だ。

「えっ!?良いんですか!?」
「まぁ、どうせ余っても仕方ないんで」

なんとも言えない苦笑いで返す。
そんな俺の意思なんて知った事じゃねえとばかりに二の句を告ぐ。

「良ければ3人ともどうぞ」
「えっ、僕達も良いんですか?」
「大丈夫だよ。それにお礼だ、ってさっき言ったでしょ?」

そう返しながらカップとソーサー、コーヒースプーンを何故か5人分用意していく姉貴。
何を考えてるかもわからんので、サーバーを4人の座っているテーブルとは隣のテーブルの前にサーバーを置き、続きは姉貴に任せる事にする。

「そうそう、挨拶が遅れて申し訳ないね。私は天久アサヒ。このお店の店長兼ホール担当だよ、よろしくね」
「あー……俺は弟のユウヒで、メインはキッチン担当です」
「私はフユです!この辺の近くの高校1年です!!!
「僕はトウリ、フユの先輩だね」
堂々聖、この子は妹のメイですわ」
「お、お姉様の妹の命です。よろしくお願いします」

カップを3人の前に置きながら挨拶をする姉貴に合わせ、俺達も挨拶する。
俺の前にもカップが置かれ、残りの2客のカップとソーサーは、俺と姉貴の分だったらしい事に気づく。

「メイ、ところで大丈夫?」
「ぁ……そうですよね、私はコーヒー、大丈夫です」
「遠慮しなくていいんだよ?」
「……実は、私、コーヒーがちょっと、苦手で……」
「あー、確かにちょっとわかるよ。僕も小さい頃は苦手だったから」
「メイさんは苦いのがダメな感じですか!?」
「そ、そうなんです……」
「……なるほどね、ちょっと待ってて」

そう言いつつ、キッチンへ向かう姉貴。
戻ってきた手にはケトルがあった。
カップに半分ほど注がれたコーヒーに湯を足していくき、アメリカーノになったコーヒーをメイの前に置く。
なるほどな。
これなら少ない量でも間に合うし飲みやすくもあるだろう。
生憎とこのコーヒーはエスプレッソではなくドリップだが、その方が、より飲みやすくもあるだろうし。

「コレにハニーを足してみたらどうかな?でも、無理はしなくて良いからね」
「確かにハチミツはいいですね!どうぞ!!!」

声とは裏腹に、軽い音を立てて蜂蜜をメイの前に置くフユ。
ボトルの置かれた音の軽さからすると、相当な量を使ったようだ。
ストック、まだ残ってたか……?

「し、失礼します」

蜂蜜のボトルを開け、そっと注いでいく。
……残りが少ないからか、ボトルを押す力が足りないからか中々出てこないようだ。

「メイ、貸してご覧なさい」
「は、はいお姉様……!」

ボトルを妹から受け取り、同じように傾けると何故かスルスルと蜂蜜がコーヒーへと降りていった。

「角度が悪かったみたいね……あと、どの程度入れる積もり?」
「そ、そろそろ大丈夫です」
「そう、足りなかったらまた言って頂戴ね」

いや、対して角度も力も変わってないような……なあ姉貴?
どうも姉貴も同じように思ったのか、俺と目が合った。

「私もハチミツ入れても良いですか!?」
「……あ、あぁ、勿論!たっぷりとどうぞ❤️」
「僕は砂糖だけで大丈夫かな」
「せんぱい!砂糖はこれの中ですよ!」
「うん、透けてるから僕にも見えてるよ」

どうも、俺達の他は気がつかなかったらしい。
まあ、もしかしたら本当に微妙な角度や力の差だったのかも知れねえな。
わざわざ追及するほどの事でも無いし、忘れる事にした。


モーニングタイムは完全に終了し、そろそろランチタイムの仕込みの時間が迫ってきた。
俺が時計を確認したのを見た姉貴が、それとなく会計へ誘導する。
全員が立ち上がってレジへ向かい、俺は忘れ物が無いか確認したが問題は無さそうだな。

「支払ってもらっちゃって……すみません」
「ごちそうさまです!!!」
「私もメイも、楽しい経験をさせていただいたのですし当然の対価ですわ」
「また、お会いできたら嬉しいです」

頭を下げあう4人に、姉貴がウインクしつつ別れの挨拶を告げるのに合わせて、俺も頭を下げる。

「また来てね、ハニー達❤️」
「またのご利用をお待ちしてます」

「えぇ、是非またお邪魔させて頂きたいわ」
「私、初めてコーヒーが美味しく飲めました……!」
「ご馳走様でした、とっても美味しかったです」
「絶対、絶対また来ますね!!!」

曲り角で左右に分かれたのを見送り、姉貴が先に店内へと戻っていく。
ランチタイム用に書き換えるため、立て看板を畳み、ドアプレートをオープンからクローズに返す。
店内に戻ると、姉貴がカウンター席の並んだ椅子をベッド代わりにしてうつ伏せに寝ていた。

「はー、片付けめんどくさい……ユウヒ、頼んだー」
「あいよ」

どうせ文句を言ったって、手伝ってくれる訳でもねえから適当に返事をして放っておく。
ここから俺一人で片付けて、ランチタイムまでに仕込みを……いや、間に合うかどうかを考えていたって作業が進むなんて事は無い。

よし!
気持ちを切り替え、俺はまず先程まで使っていたテーブルの片付けに取り掛かる事にした。

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