突然の説明と案内 のバックアップ(No.1)


「戻ってきた、という事かしら……」

気がついたら、私は家の前に立ち尽くしていた。
辺りを見回すと、悪魔達が私のそばに集ってくる。

「な、何よ急に!離れなさい!」

ひし、と抱きついてくる悪魔達を振り払い、質問をぶつける。

「オマエ達、仕事は済ませたの?」

青い棘が生えた腕が、爪で器用に地面へ文字を書き連ねていく。
文字と言っても、悪魔文字と言われる並大抵の人間では文字と認識する事すら困難な文字列だ。
そこには、仕事を終えて戻ってきたらどこにも居なくて心配だった、と記してあった。
悪魔が心配するという事は、私の肉体も魂も悪魔達が知覚できない場所に存在していたという事……私の肉体や魂が無事で喜ぶのも無理もない。
悪魔達にとって、契約不履行は絶対に避けたい事象の一つだからだ。
私のように複数の悪魔と契約していれば、どこに居ても悪魔達に居場所が知られていると考えてもいいレベルだというのに。
私は本当に、神域……神のテリトリー内にいたのだろう。

「……オマエ達、仕事を済ませたならサッサと帰りなさい。メイが戻ってきた時に見つかるようでは困るでしょう?」

悪魔達が心なしか帰路に着くのを喜んでいるようにも見えたが、知った事ではない。
思わず溜息を吐く。

「ふぅ……とりあえず、雑草でも抜きながら待とうかしら」

頭だけではなく、体も動かさなければ。
メイの帰りを待ちながら庭の雑草を抜き、自身の脳内で先程までの事を整理していく事にしたがすぐに終わりの時間が訪れた。

「……様ー、お姉様ー!」

遠い距離からの呼びかけに答え、立ち上がりながら声の主の方へ振り向く。

「メイ、お帰りなさい」
「お姉様、もうお掃除は終わられたんですか?」
「えぇ、そうよ。メイを待っている間何もしてないのもなんだから、庭を整えていたの」
「やっぱりお姉様はお仕事が速いですね、私なんてまだまだです」
「いいえ、そんな事はないわよ」

私の心の底からの言葉だが、きっとメイには通じていないだろう。
隠しているとはいえ、悪魔をこき使っている私の方が仕事は早いに決まっている。
むしろ、そのような狡い手段を用いずに私のペースに着いてこられるメイはかなり早い部類のはずだ。

「お姉様もお食事に行かれてはいかがですか?美味しかったですし」

メイからカードを渡され、とりあえず腰のポケットにしまっておく。

「あら、そうなの?それは嬉しいわね」
「特にナッツの冷製スープが香ばしくて……」
「そんなに美味しかったなら、私も飲みに行ってみようかしら」
「はい!ぜひマサヨシさんに、も……ぁ……」

彼の名を自ら出した瞬間、一気に顔が曇りだす。
それもそうだろう、何も告げる事が出来ずにこの世界に飛ばされてしまったのだから。
……だが、謎の蛙神のお陰で会う事が出来るようになった。
この顔の陰りも、すぐに晴らす事ができるのだ。

「その話なんだけれどね、メイ」
「……はい」
「良い話だから緊張しなくていいのよ」
「良い、話……ですか?」
「神様のお陰で、この世界とメルトピアを繋げて下さったのよ」
「本当ですか!?やっぱり、神様って素晴らしいお方なのですね!ありがとうございます!」

メイの信仰している神と、実際に繋げた神は絶対に違う存在と断言できる。
そもそも、メルトピアに転送される前にメイは神の使い……天使にさせられたからだ。
敬虔な信仰心を使い、騙した形になる事に心が痛む。
特に、そんな荒唐無稽な話を自身の信仰している神のお陰だと言えば簡単に信じて手を胸の前で組み、ひたすらに感謝を唱える姿。
哀れ過ぎて見ていられないが、騙す側の責任として笑顔を向けてメイを見る。
……しかし、今私は、本当に笑顔になれているだろうか?

「……そろそろ、伝わったと思うわ」
「そうでしょうか?そうだと、良いんですけど……」
「そうそう、説明に戻るわね。この家は、家から出る時の扉で行き先が違うらしいの」
「行き先が違う……?」
「えぇ」

正面の玄関はメルトピア、円塔のドアはこの世界に繋がる事を説明する。
こうする事で、同時にドアを開いた場合の問題は解消される筈だ。
マサヨシ君には、円塔へは家の内部から出入りしてもらう事にする。
彼がこちらに来た場合、何が起こるのかわからない以上は危険に晒したくはない。
ルールで禁止しておけば、彼の性格から考えてもそうそう通るような真似をしないだろう。

「なら、今後はこちらの扉から出入りすれば良いって事でしょうか?」
「私はここのギルドで一稼ぎしたいから出入りするけれど、メイは自由で構わないのよ?」
「いえ!私もお仕事を受けた以上は、しっかりと全うします」
「……そう、一緒に頑張っていきましょうね」
「……はい」
「どうしたの?」

キレの悪い返事に、思わず質問をぶつける。
思い詰めた顔をしたメイが、こぼしたのは大した事では無いながら問題のある事だった。

「……マサヨシさん、ここが新しい家だって知ってるんでしょうか?」
「なら今から説明しに向かうといいわ。ついでに、私達の現状もお願いね」
「ですが、お姉様にその分負担を掛けてしまうのは……」
「大丈夫よ。もうやる事は無いし、私もご飯を食べに行くつもりだし」
「……はい!それならマサヨシさんの所へご説明に行ってきます!」
「いってらっしゃい」

満面の笑みで恋人の所へ向かっていくメイを笑顔で見送る。
やはり、会えないと思っていた相手に会えるのは嬉しいのだろう。