突然の借家に細工 のバックアップ(No.1)


「お姉様、この地図とても便利ですね……特別な地図なんでしょうか?」
「そうね、私達も使えると楽だと思うわ」

地図の目印同様に、実際のルートが光っていて案内されるというのは中々面白い技術だった。
是非手に入れたいが、地図が特別なのかあのペンなのか……インクや使用者の問題かも知れない。
私もここならば似たような技術が扱えるかも知れないが、それでも便利なものは利用出来るだけ利用したいものだ。

「案内からいくとここね……中々趣のある物件じゃないかしら」

着いた先にあった家は、白と茶の漆喰の壁に、石積み、煉瓦が組み合わされた二階建ての物件だった。
トンガリ屋根の円塔が家に組み込まれているが、教会のように感じない理由は円塔と家の屋根が同じ高さにあるからかもしれない。

「お洒落なお家ですね……あ、花壇もあるんですね!」
「メイはガーデニングが好きだものね、ここでも上手く育てられるといいわね」

花壇に目をやると雑草しか生えていないものの、その雑草さえ抜いてしまえば花壇としてそのまま利用できる程度には整備されている。
外観を見る限り、他の箇所もそれなりに人の手が入っている事が伺える。

「私はもう少し外を確認するから、メイは中に入っていていいわよ」

メイに鍵を渡すと、ありがとうございます、と受け取って中へ入っていく。
扉を開けた時に埃が舞っていない事からも、やはり手入れはある程度してあったようだ。

「あ、お姉様」

扉から顔だけ出して呼びかけてくるメイに対し、笑顔で答える。

「なぁに?」
「私、少しお掃除しておきますね」
「あら、そんなに汚れているの?」
「多分汚れてはいないんですけど、私が気になってしまっただけで……」
「ただの確認よ、お願いするわね」
「はい!」

掃除がされているかわからないから掃除したいというだけだろう。
メイがやらなければ私がやるつもりだったのだし、任せておく。
私には、やる事があるのだ。

「さて、メイは……しばらく出てきそうにないわね」

自分の左手で右肩を軽く二回叩き、そのまま左手の甲で右頬を撫で、指を鳴らす。
森で追われていた時に使用した召喚陣とは違う悪魔を召喚する。

「オマエ達、この家を書き換える準備をしておきなさい」

これから私が起こす行動は、本来なら神の領域と呼ばれる物なのだろう。
それがどうした。
私は人間で、悪魔を使役する者だ。
神の領域なんてふざけたもの、壊してやる。
……それに、メイには幸せになって欲しいのだ。

(節)

「やっと終わったの?待ちくたびれて尚も終わらないだなんて……本当に遅いわねぇ、オマエ達は」

影から伸びた赤や黒の腕は限界を告げるかのように地面を叩くが、容赦なく踏みつけて罵倒する。
実際はかなり速く準備を完了させているのだが、単に私が悪魔達を嘲りたいだけだ。

「メイが外に出た隙にやるわよ、オマエ達はそこで潜んでいるように……移動位サボらずに行きなさい」

疲労困憊でゆっくりと動く影に砂を蹴り追い立てる。
……さて、メイには一時的にこの家から出てもらわないといけないわね。
扉を開け私も家の中に入ると、メイが廊下にモップで水拭きしているのが目に入った。
先程まで悪魔を罵倒していたなんて微塵も感じさせぬよう気を使いながら声を掛ける。

「メイ、掃除はどこまで終わった?」
「えっと、ここと……あとは円塔です。食料庫か何かだったみたいで……土汚れも多いので後回しにしてます」
「あら、そんなに終わらせてたの?なら続きは私がやるから、さっきの本部でご飯でも食べてきなさい」

メイの手からモップを奪い、代わりにギルドで預かったカードと地図を手に握らせると文字通り背中を押す。

「え、でもお姉様もまだですよね?良いんですか?」
「メイが居ない間にパパッと終わらせてしまうから、大丈夫よ」
「そうですよね、お姉様はとてもお仕事が早いですし……では、ご飯食べてきます!」
「いってらっしゃい、気をつけてね」

小走りで去っていく姿を笑顔で送り出した後、窓を開けて無表情で悪魔達に声を掛ける。

「さ、オマエ達の休憩は終わり。仕事の時間よ」

影が壁を伝って動き、家の中に入ると影が家中に広がり、暗闇に包まれる。
私の顔や身体に召喚陣の光だけが、視界の頼りだ。

「この家をメルトピアに繋げるわよ」

外に出て空を見上げると、太陽に暈が掛かっている。
悪魔を使役して世界改変をするには、良い凶兆日和だ。

「オマエ達は円塔の掃除でもしておきなさい」

幾つか追加で悪魔を召喚し、掃除を命じておく。
新しく召喚した悪魔が円塔に辿り着いたのを確認すると、髪を一本引き抜いて地面に落とす。

「さあ、私達を妨害する神はこの場にいない!無理矢理世界にこの家を捻じ込みなさい!」

私達を祝うかのように天気雨が降り出してきた。
素晴らしい、この世界は私達に向いている!
……そう思った瞬間、落雷が家に直撃した。
視界は光で焼けたのか、白一面だ。
聴覚も馬鹿になったのか、耳鳴りが続いている。
だと言うのに、カエルの鳴き声だけは何故かけたたましく聞こえている。
二発目が落ちる直感は走ったのに、体が動かず逃げられない。
私は、雷に撃たれたのか撃たれていないのかわからないうちに、気を失った。