突然の一見三聞と契約 のバックアップ(No.1)
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- 突然の一見三聞と契約 へ行く。
- 1 (2020-09-05 (土) 00:46:37)
「待たせちゃって御免なさい?ギルド長がすぐに部屋から出てこないものだから……ねぇ」
「……白浜、お前が用件も言わずに来いっつったのが問題だろうが」
「じゃあ私は裏に戻るわねぇ」
「どうせ後ろから見て笑ってんだろ?」
「そうして欲しいならしてあげるわよ?」
「ふざけんなよ!……あー、くそ」
戻ってきて、去っていく女性の隣に立っていた美少年……美青年?
微妙な年頃に見える彼が、この巨大なギルドの長らしい。
頭をボリボリと音を立てて掻いているその態度からも、到底このギルドを抱える器には見えなかった。
「お前、何か失礼な事考えてねえか?」
長く広い袖から指を差されるが、そこに威厳も何も感じない。
私達はあの女に騙されてこんな奴をギルド長と思わされてるのでは?と疑念を抱く。
「……まず、俺がこの一見三聞のギルド長、幻日昴だ」
「私は堂々聖、隣は妹の命ですわ」
メイが私の言葉に合わせて椅子に座ったまま頭を下げる。
ギルド長と名乗る男は、いつの間にか手にしていたメモとペンで私達の名前を書いていく。
「セイとメイだな……で、俺に何の用だよ?依頼なら高くつくぞ」
「私達、このギルドに所属を希望してまして」
「あ?」
左上に視線を向けた後、呆れ顔でこちらに返答してくる。
同じ場所に視線を向けると、依頼専用カウンターと書かれていた。
「見ての通り、このカウンターは依頼用のカウンターなんだが」
「私達、諸事情がありまして早急に契約したかったものですから……」
眉尻を下げ、困り果てているように見せかける……実際、嘘はついていない。
「早急って言われてもな……衣食住、全部失いでもしたか?」
「……まぁ、そんな所ですわ」
目を伏せ気味にしつつ視線を逸らし、気まずい雰囲気を意図的に漏らして同情を引く。
「なら住み込み希望だな、となると空いてるのは……」
腕を組み、首を捻りながら口をへの字に曲げて思案する姿に思わず慌てる。
「え?あの、もう部屋のお話なんですの?」
「早急な住み込み希望だろ?」
「ですが、面接などは……」
「伊達にここのギルド長やってねぇんだよ、実力なんざ見りゃわかるしな」
ニヤリ、と笑う姿は悪ガキにしか見えない。
まぁ、見抜かれていようがバラされなければ問題はない。
「それにだな」
「それに?」
「住み込みなら、お前らも早々抜け出す様な真似は出来ねぇだろ?」
……意外とこの男、顔以外もできるのかも知れない。
警戒していると突然腕を上げ、大声で誰かを呼んでいる。
「おいミナギリ!部屋表持ってきてくれ!」
「は?やだ」
先程邪魔と言われた線の細い少女に即答で断られる姿に、思わず笑いがこぼれそうになる。
…….ここで笑って契約できなくなるなんて事は避けたい。
足の指を強く曲げて愛想笑い以上の笑みにならないよう我慢する。
「断ってんじゃねえよ、すぐそこにあるんだから持ってこい」
「ならギルド長が取りにくれば」
「いいから持ってこい!」
「……」
眉間に皺を寄せ、舌打ちと共に部屋表と呼ばれていた紙の束を乱暴に置いていく姿は、あの薄ら寒い笑顔を向けてきたとは思えなかった。
「……ったく、さっさと持ってこいっつの……で、空き部屋だな」
本当に確認しているのか疑う程のスピードで紙をめくりながら、空き部屋を確認しているようだ。
……もう粗方埋まっているのか、半分を超えてもめくるスピードが変わらない姿に不安になる。
「お、ここなら丁度良さそうだな……空き部屋じゃねぇけど大丈夫か?」
「……相部屋、という事ですの?」
「……私、知らない人と一緒はちょっと……」
人見知りが激しいメイが相部屋なんてしても、休まる場所が無くなるだけだ。
それは困る。
「いや、部屋じゃなくて家だな、ここから歩くんだが……地図班、ここの地図寄越せ!」
地図にペン先を向けたまま上に向かってギルド長が叫ぶと、三階の作業場と思われる所から紙が一枚降ってきた。
……どう見ても取れない位置に落下するだろう、と思っていたら奇跡的に風でも吹いたのか、カウンターに綺麗に貼りついた。
「で、ここが今いる本部だな。そこから大通りを……」
説明を受けながら、地図に目印やルートが書き込まれていくが書いたそばからインクが消えていく。
その程度は覚える知識を要求するという事なのだろうか?
それなりに入り組んだ道のようだが、メイでも簡単に覚えられる程度の道だ、そこの心配は無い。
「この家はギルドの所有物件だから好きに使ってくれ」
「……それで、契約の際の条件とかは有りませんの?」
こんな虫の良い話なんて、裏があるに決まっている。
契約してから実は……なんて事は勘弁したい。
「ねぇよ」
「は?……いえ、失礼致しました」
いけない、思わず変な顔で返事をしてしまったが、幸いもに相手は気にしていないようだった。
「ここは草むしりから国のクーデターまで、金さえあれば何でもこなすギルドだが……」
「クーデター……」
「クーデターなんて事、してしまうんですか!?」
「客が金さえ払えるならな」
そう言って私達に向ける笑みは、今まで大量の命を奪ってきたもののそれだった。
……大手のようだから選んだギルドだったが、選択肢を誤ったかもしれない。
「別に草むしりする奴にクーデターしろなんて言わねぇよ?足を引っ張るだけだからな」
まぶたを閉じて肩をすくめ、コミカルに見せているが騙されてはいけない。
クーデターに参加させない理由は足を引っ張るからであり、技術さえあれば本人の拒否は出来ない事が窺える。
「……ま、そんな依頼ほぼ来ないから安心しろ。超大型でもない限りはボードに張り出された依頼を好きに受けてればいい」
親指で指された先を見ると、幾十層にもなっている貼り紙だらけの壁がある。
あれがボードと呼ばれているのだろう。
依頼書と思われる紙達は、貼られては破られ、めくられては破られるが、随時貼り出されている。
全て無くなってしまうという事態は起きなさそうだ。
「そんな身なりなら、掃除あたりから始めると良いかもな」
カウンターの下が引き出しになっていたらしく、そこから家の鍵、カードを二枚取り出してきた。
「ま、所属はこの本部じゃなくて別のネバームーン支部になるからそこは気をつけろよ。飯に関しては……このカードを出せば、ギルドの本部でも支部でもとりあえず食えるからな」
金属で出来たカードには、数字が何桁か彫られている。
おそらく、カードの通し番号か何かだろう。
「えぇ……これから、よろしくお願い致しますわ」
「よ、よろしくお願いします!」
「おう、よろしくな」
鍵とカード、そして地図を手に持って本部を後にする。
地図を広げると、消えていたインクが光りだし次の目印へと導いていた。