C420話

Last-modified: Wed, 22 Jun 2022 21:35:43 JST (696d)
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シュンさんとハルさんなら二人きりにしたところで悪さを働くなんて事はない。

大声を張り上げながら、客の隙間を縫ったり軽く押したりしながら姉貴の元へ向かう。

 

「商品追加しまーす!通して下さーい!」

「ありがと、ユウヒ」

 

なんとか人だかりを抜け、姉貴の元へたどり着いて商品をショーケースに詰めていく。

持ってきた商品をチェックしてる体を装って、姉貴が声を掛けてくる。

 

「ハニー達は?」

 

シュンさんとハルさんの事だろう、あの姉貴が見逃す訳がなかった。

この喧騒の中なら返事をしても気がつかれる事なんて無いだろう、そのまま正直に答える事にした。

 

「休ませてる」

「大丈夫そう?」

「まぁ、大丈夫だろ」

「なら良かった。今度お詫びしなくちゃね」

 

姉貴のお詫びとは、大抵食事代の事だ。

気が重いが、俺達の責任なのでそんな事言っていられる立場ではないだろう。

それにしっかりとお詫びの品を用意した所で固辞されてしまうのは想像がつく。

そういう意味では、姉貴の対応が正解だった。

 

「さ、いっぱいあるからゆっくり選んでね❤️」

「キャー!アサヒさんが私を見てくれたわ!」

「アサヒさーん、俺、全種類買います!」

「会計はユウヒにね❤️」

「会計はこちらでーす」

 

姉貴、面倒だからって俺に任せやがったな。

舌打ちしそうになるのを抑えて笑顔を作り、長蛇の列を捌いていく。

……まあ、これ以上怪我人は出したくないし仕方がない側面はあるが。

 

「ハニー達がたくさん買ってくれたから、もう商品が無くなっちゃったよ……嬉しい悲鳴を上げちゃうな❤️」

「完売でーす」

 

前日から用意していた商品も、全て売り切れになった。

姉貴と違い、既に無表情で会計をこなしていた俺は安堵感に包まれる。

あー疲れた、しんどい……よくもまあ、姉貴は笑顔を保っていられるな。

 

「さて、姉貴も片付けを」

「その前に、ハニー達を解散させてあげないとね」

「……早く戻ってこいよ」

 

姉貴が並んでいた客に詫び、むしろファンサを貰えたと喜んで帰っていく客達。

その間に、テイクアウト販売用に出した備品達を片付け始める。

どうせ、姉貴は面倒臭がって片づけの手伝いなんてやらねえだろうし。

 

「まだ、しなものはあるか?」

「え?」

 

かがんでいた所に頭上から声をかけられ、立ち上がる。

なお頭上から声が聞こえるなんて、結構背が高いな……別に、俺が高身長という訳でも何でもないが。

 

「しなもの、のこってるか?」

「いやー、完売なんすよ」

「そんな!」

 

苦笑いして誤魔化すが、眉間に皺を寄せて怒鳴られると不安になる。

……いきなり暴れ出したりとかはしねえよな?

 

「もう、ほんとうにないのか?」

「出てきたら良いんすけどねえ……」

 

本音半分、嘘半分だ。

売れるのは嬉しいが、もうあの怒涛のラッシュをこなしたい訳ではない。

正直、バータイムの体力も残ってるか微妙な程だ。

休めるなら休みたいが、バータイムの準備を考えると休めないのがきつい。

 

「そうか……しょんぼり」

 

声に出してまでしょんぼりアピールしてくる様は、その体躯とはちぐはぐの人間性を感じた。

 

「スリートにおみやげあるぞ!っていったのに……」

 

スリート?なんか聞いた覚えがあるな……。

 

「ハニー、大声を出してどうしたんだい?」

 

俺が思い出そうとしている所で姉貴に割って入られ、もう少しで思い出せそうだったが無理になった。

 

「スリートに、おみやげもってくるぞ!ってやくそくしたんだ」

「スリート?……えぇと、風花ちゃんの事かな?」

「……あー?……あ、そうか。そうだそうだ、そうだぞ!」

「ふうか、風花……あ、あの時の!」

 

姉貴が名前を出してようやく思い出す。

そう言えば帰り際に鳥羽がそう声をかけていたな。

 

「おみやげ……ない……」

「ユウヒ……そう言えば、まだ残ってた気がするんだけど」

 

そう言って看板に視線を向ける姉貴。

確かにその菓子なら、バータイムにも配る予定だったのもあり十二分に残っていた。

ここでひとつ渡した程度で、別に問題は無いだろう。

 

「たしかにそうだなー、なんか合言葉を言えばもらえるらしいけどなー」

「あいことば?そんなの、わからないぞ」

「ユウヒ、今日って何かイベントやってる日だっけ?」

「あー、ハロウィンイベントらしいなー」

 

あまりの姉貴の白々しさに、つい棒読みになってしまう。

だが、相手は気がついていないようなので良しとする。

 

「えっと……そうだな……おかし!くれ!」

「ハニー、惜しい」

「いや全然惜しかねえよ」

 

両手を伸ばしてくる相手に対し、ウインクと指差しで返す姉貴。

……思わずツッコミ入れちまったけど、別に間違ってないよな?

 

「もうちょっと合言葉っぽく言ってほしいな?」

「とりっくおあとりーと!」

「はいよ」

 

店内に戻り、在庫からふたつ持ってきて手渡す。

本人が言ってきたんだし、まあ一個くらいはオマケしてもいいだろう。

 

「あ、アイシーンのぶんもほしいから……」

 

今俺がわざわざ取りに行っただろ!?

図々しいなこいつ、と思いながらもうひとつ取りに戻った。