C414話

Last-modified: Fri, 24 Jun 2022 22:58:17 JST (694d)
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カフェタイム……要は、午後のおやつの時間だ。

カフェバーを名乗っている以上、やった方がいいのはわかってるんだが、夜の仕込みの関係で不定期にしかカフェタイムは営業していない。

つまり、カフェタイムに来店出来る客は限られているという事だ。

そして。

 

「う〜ん!このスコーン、クロテッドクリームも良いけれど、マーマレードと合わせるのも美味しいわねえ」

 

よりにもよって、その時間にアイドルが来店するとかどんな確率だよ。

 

「気に入っていただけたなら何よりだよハニー……紅茶のお代わりはいかが?」

「あら、いつの間に飲んじゃっていたのねえ……お気遣いありがとう、お願いするわ」

 

……というか、それで変装のつもりなのか?本気なのか?

サングラスかけて髪型変えたところで、何かこう……芸能人のオーラってのが出ているのがそういうのに疎い俺でもわかる。

その辺のカフェバーでサングラス掛けっぱなしの方が怪しさ増してるしな。

 

「な、何か気になるのかしら?私の方を見ていらっしゃるけど……」

「……うちの店員が失礼しました、少々お待ち下さい」

 

姉貴が笑顔で隠した怒り顔でこちらへ向かってくる。

やべ、見てるのバレたか?

 

「ユウヒ?」

「いや、姉貴これにはとても深い訳が」

「ハニー達を不快にさせるのに言い訳があるの?」

 

幸いカウンターには客がいないが、出来る限り小声で会話をする。

 

「姉貴はあの客が誰だかわかんねえのかよ?」

「アイドルのアスカでしょ。ユウヒが知ってるのに知らないとでも?」

「なら俺が気になるのもわかるだろ?」

「気になるから不快にさせる、と」

「ここで美味いと思わせればテレビや雑誌で紹介されるかと思うと、緊張してんだよ!」

「……ユウヒ、そういうところ妙にビビリだもんね」

 

諦めと若干の侮蔑が込められた発言への反論は飲み込み、小声でちくしょう、と悪態をつく。

 

「なら紹介するのかどうか、聞いてこようか?」

「いやいやいやいや!姉貴何言ってんだよ!?相手は一応変装?してんだぞ!」

「声が大きい」

「……大丈夫なのかよ?」

「大丈夫大丈夫、姉を信じなさい」

 

信じると言ってもなあ……面倒臭がりな面しか思い浮かばねえんだけど。


俺、どうなっても知らねえからな。

一応止めたからな!?

姉貴は俺の心配なんて意にも介さず、彼女に質問をぶつける。

 

「ところで、不躾な質問なんだけれど……アイドルのアスカさんですか?」

 

よりにもよって直球かよ!

姉貴の本当に不躾な質問にも笑顔で答えるのは、アイドルだからなのか?性格なのか?

 

「……どうしてそう思ったの?」

「私の弟がそうではないか、と」

「マネージャーがこの変装ならバッチリです!って言うからしてみたけれど……やっぱり、わかっちゃうに決まってるわよねえ」

 

朗らかに、けれど苦笑混じりに笑いながらサングラスを外していく姿を見て、姉貴の質問の仕方で正しかった事を理解する。

あれで正解の対応なのかよ……やっぱ、姉貴には勝てねえなあ。

 

「一応とは言えお忍び、という事になってるから、こんなに美味しいお店なのに紹介出来ないのが残念なんだけど……」

「むしろ、当店を選んでいただけて光栄かな❤」

「でも、お友達位になら、教えようかしら?でも急に皆が来ても困っちゃうわよねえ……」

 

悩んでる所悪い気がするが、窓からチラチラと覗いてる奴、ファンか何かだろ?

まぁ、あれだけ売れてればパパラッチやストーカー紛いも現れるんだろうな。

わざとらしく西日が眩しいんだ、と言わんばかりの顔をして、カーテンの一部を閉めていく。

舌打ち位はされるだろうが、来ない客は客じゃねえ……少なくとも、俺にとっては。

 

「ああ、ユウヒありがとう」

「いや、キッチンだと反射もあって眩しいだけだ」

「え?そんなに日が傾いて?……あらやだ、もうこんな時間!」

 

携帯の画面から時間を見た直後、バタバタと急ぎ出す。

会計の最中に電話が鳴っている事からも、くつろぎ過ぎたんだろうと伺える。

それだけ良い時間を過ごせたなら店としては有り難い限りだがな。

 

「慌しく出ちゃってゴメンなさいね?タイミングが合えばまた来るわ」

「また来てね、ハニー❤」

「勿論、またのお越しをお待ちしております」

 

ぴんぽんポーズを向けながら、電話を耳に当てて走っていく姿はあまりテレビや雑誌で紹介されるような姿ではない。

何だか新しい一面を見た気もするが、俺はそういうのをベラベラと喋るタチでも無けりゃ情報として売るタマもねえしな。

壁の時計を見ると、カフェタイムもラストオーダーの時間を迎えていた。

もう、新しく入ってくる客はいない筈だ。

店頭の立て看板をバータイム用に書き換えるため、一度店内にしまおうとドアを開けると……目の前に人がいた。

思わずのけぞったので背中が痛いが、それより客の安全だ。

 

「……っ、大丈夫ですか?お客様」

「こんにちは、まだやってますか!?カステラはありますか!?」

「えーと、」

 

もう終わりだしカステラは無えよ。

と、オブラートに包んで返そうとしたら姉貴が顔を出してきた。

 

「ハニー、そんなに焦ってどうしたんだい?お急ぎかな?」

「姉貴」

「話を聞くだけなら問題ないでしょう?」

「そうだけどよ……」

 

絶対話を聞くだけ聞いて終わりにならねえだろ。

 

「えっと、アスカちゃんがここに来た!って聞いて来たんですけど」

 

ファンの情報網こえー。

ついさっきだろ?出ていったの。

 

「申し訳ないけれど、そう言った内容はプライバシーにも関わるから全て回答していないんだよ、ゴメンね?」

「そ、そうですよね……って、私!私の顔見ればわかるでしょ!?」

 

そう言って自身の顔に指を差しているが、記憶には無い。

姉貴の顔を見ると、姉貴も同意見の様だった。

 

「ほら!あのカステラ好きの!ベビカス単独初ライブでライブ中のMCでカステラ食べてたって話題の!」

「こんな素敵なハニー、私が覚えてないとは思えないんだけどな」

 

適当にはぐらかして相手の手を握る姉貴。

俺達に対して必死に訴えてきても、そんな変な事が有ればニュースになってるだろうし記憶にも残っていて、も……?

うっすらと覚えがある様な、ない様な、不思議な感覚に陥る。

記憶にある、とは言えないが気のせいと断言も出来ず気持ちが悪い。

そもそもベイビーカステラは、アスカひとりのユニットの筈だ……ひとりでユニット?

……いや、何度思い返しても、俺の記憶の中のベイビーカステラはひとりだ。

 

「……ハニー、カフェタイム終了後にまた来て欲しいな」

「おい姉、貴……」

「ごめんユウヒ」

 

文句を言おうとしたが、姉貴の重い表情を見て考えを改めた。